消費社会 その3

はじめての構造主義 (講談社現代新書)

橋爪 大三郎 / 講談社


「詳しくはボードリヤールを読んで」というには、あまりにもあれなのでもっと分かりやすい本を紹介しておく。
以上の事実は、したがって、欲求と豊かさの形而上学を越えて、消費の社会的論理についての真の分析をわれわれに指示する。この論理は、財とサーヴィスの使用価値の個人的取得の論理――奇蹟への権利を持つものと奇蹟から取り残されたものとが存在する不平等な繁栄の論理――とはまったく別のものであり、欲求充足の論理でもない。それは社会的意味を持つもの(シニフィアン)の生産および操作の論理である。(67頁)
『消費社会の神話と構造』の有名な一説だが、『はじめての構造主義』のニューギニアの島々にあるクラという宝物を交換して回る儀式についての説明を参考に読むと多少は分かりやすくなるかと思う。
 むしろ、こう考えるべきだろう。”価値あるものだから交換される”のではない。その反対に、”交換されるから価値がある”のである! ここがポイント。人びとの間に効果のシステムが出来上がっていて、あるものを交換のためにみんな欲しがるから、それが価値あるものとなる。電流が流れると磁場が生まれるように、交換のシステムは必ず価値を孕むのである。このあたり、ソシュールのところで紹介した議論とそっくりになっている。
 モースはこういうことに気がついて、この交換のシステムのことを「全体的社会的給付」とよんだ。社会(人びとのつながり)とは要するに、交換することなのであって、誰もかれもが交換に巻き込まれていく。交換されるものに、「価値」がそなわっているとしか見えなくなる。こうしたことが、社会的事実(個々人の意志を離れ、社会全体で成立してしまう事柄)として生じていることを、指摘したのだ。(86頁)

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by tyogonou | 2009-03-23 23:33 | 消費社会 | Trackback | Comments(1)
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Commented by cabo at 2009-03-24 23:00 x
あーなるほど。
交換されるから価値があるとか価値ですか。
どんどん交換されるモノってのは結果としてそれだけの価値がでたというか。

コンピューターの発達の話が出てましたけど、今のネット上のサービスは利用者が作り出す情報で商売しているようなところがありますね。
利用者が労働してんのかなって感じです。
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