英国発“美声のおばさん”にYouTube熱狂、3000万再生 日本語字幕版も
英国発“美声のおばさん”にYouTube熱狂、3000万再生 日本語字幕版も
you tubeのトップページの「ただいま再生中・・・」のリストにいくつもこの動画が出ているので驚いた。
ただ、病み上がりの高見盛のような外見と声のギャップの大きさには驚くものの(上唇を上げたあの口の形であの音が出せるというのにも驚く)、私はあまり感動を受けなかった、むしろ不満だった。
響きはするもののやはりちょっとアマチュアっぽい発声とか、低音("but the tigers come at night"の"night"のところ)が出ていないとかいったこともあるが、いちばん不満に思うのは、嫌な言い方をすれば歌に知性がないところだ。歌詞を全く考えていない一本調子な歌いかたで、それぞれのフレーズの最後の伸ばすところが気持ちいいというだけしか考えていないようにしか聞こえず、この曲に対する思いというものが感じられない。それは、商売として歌うプロの歌手にアマチュアが勝りうるものであるだけに、余計に残念である。
とはいえ、「年は?」「47よ」「・・・」「でもそれは私の一面にすぎないわ」といったやり取り、仕草は田舎臭いが間奏の時ににこっと微笑んでみせる余裕などチャーミングところはいい。

この番組から出たPaul Pottsにはそういった長所があって、予選での「誰も寝てはならぬ」には特に、諦観によって雑念が消された静寂の中から曲に対する愛情だけが伝わってくる感動があった。だから、最後の「私は勝った」のところで声が割れていてもそれほど気にはならない。下の動画の一曲目(2分頃から)のネラ・ファンタジアも、感情に乏しい(上手く表出できていない)嫌いはあるが、きちんと構成を考えた歌になっている。


Paul Pottsの時にも、オペラが分かっていないとか、パバロッティとは比べ物にならないとかいった否定的な反応があって、私はイギリス人とイタリア人の好みの違いを知っていたし、またパバロッティがあまり好きでないとかいう理由もあって、それにはあまり賛成できなかったけれども、Susanの場合、下の人と比べるとどうしても見劣りしてしまう。"but he was gone when automn came"のところなどは少しだけ行き過ぎてあざとくなった印象も受けるが、その後の堂々とした力強い歌唱によって下品なものにはしていない。字幕も出ているが、歌詞を理解したうえで聴くと本当に感動的だ。

[PR]
by tyogonou | 2009-04-20 23:26 | 国際 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://fukureki.exblog.jp/tb/10763551
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 安楽公 レッドクリフ >>