自白
「やってません」13時間…菅家さん、絶望の「自白」
少し前のどこかの雑誌で、刑事、右翼団体代表、暴力団組長、のOBが、林真須美死刑囚は無罪だ、というテーマで語り合っていた。
元組長が、警察の取調べには暴力団員でさえ耐えられない、後で否認すればいいからとにかく今(取調べの時)は認めてしまおうと考えて自白してしまう。それなのに、最初から全く認めてこなかった林真須美死刑囚が有罪であるとは思われないと主張していた。
経験者が語る証言の重さに苦笑してしまったが、公平を期するなら当然、そうではあっても無実の証明としては弱い。別に普段威勢がいいわけでもない大人しい人間でも、そういったことに耐えられる人というものはいるものだ。(ただ、これまた公平を期するなら、明らかに自己顕示欲が強く、詐欺事件などでは認めている林死刑囚が完全否認を貫き通せるタイプの人間かどうかは疑問でもある。)

しかし、その後この事件が起こって、元組長の見解はやはり正しかったのかと思わずにいられない。
富山の冤罪事件との類似性は専門家に指摘されるまでもなく明らかで、警察の取調べというものが、いかに真実の追究とかけ離れたものであるかを思い知らされる。結局取調べの目的とは、「私がやりました」という書類にサインさせることであって、日本の警察はその目的を達する高い能力を持っているようだ。
だが、そうして得られた「自白」が真相の究明に役立ちうるだろうか。
麻生首相は「可視化すれば直ちに冤罪(えんざい)が減るという感じがありません」といって、取調べの可視化には消極的な姿勢を見せているが、ある意味で首相は正しいと思う。冤罪を減らすには、取調調書自体の証拠能力を認めないようにするしかない。暴論ではあるだろうが、富山、鹿児島に続き栃木と、明らかになった実態はどれも似ていて、それが日本の警察、検察にとっては異例というより通例であることを疑う必要がある。
そういった状況で冤罪を防ごうというなら、そのくらいのことはしなければならないのかもしれない。
あるいは、それでさえ不十分といえるかもしれない。富山と足利の事件に共通するのは、検察側の主張が裁判官や被告弁護人によってまったくチェックされずに全て承認されたことだ。裁判自体が全く機能していない以上なにをやっても無駄なのかもしれない。
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by tyogonou | 2009-06-09 00:49 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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