消費社会 その9
経済成長を「もの」財やサービスの未成熟な交換価値を解き放つことだと解釈するとどんなことがいえるだろうか。

今の日本の状況について例えばひとついえることは、人間のシニフィアン化にまだ解発の余地があるということがいえると思う。
労働力も1つの商品であり、また、日本でもある程度シニフィアン化の過程が進んできていることは理解できるだろう。新旧二つの労働形態、使用価値に重点を置くものと交換価値に重点を置くものとを分かりやすく表現するなら、帰属型の労働と契約型の労働と言えるだろう。昔は会社員なら会社に帰属するものであったが、今はトヨタの派遣社員からGM(日本ではないが)のCEOに至るまで、会社と社員は契約によって一時的に(期間の長短はあっても)結び付けられているにすぎない。
問題は、市場に労働力を提供する側の家庭が契約型ではなく帰属型のままだということだ。契約型の労働環境で生き、自分の交換価値を高め、より高い値を出す企業の契約を望む人間にとって、結婚して家庭に「帰属」することは、その契約の選択の自由を損なうリスクになるし、また職場と家庭のそれぞれで必要な意識に齟齬ができてしまう。契約型の家族の良し悪しはまた別に考えなければならない問題ではあるが、欧米などに比べれば、そういったリスクを減らし齟齬を埋めるために、法制度のうえでも人びとの意識の上でも、家族についての考え方を変えることで、より消費に適応した(それでいて反道徳的とまではいかない)社会となる余地がある。社会が、例えば、若い女性が未婚の母という道を選択したり、夫婦が離婚、再婚を選択したりするにも、あるいはそういった親の元で子供達が成長するにも、障害が少なく、不利益を受けないようなものになれば、今よりも統合された効果的な消費社会になりうるだろう。
おそらく、それは景気を上向かせる効果があるだろう。

こういった提言には反発も多いだろうが、もちろんこれは「消費社会として」今より発展するにはという問題に対するひとつの回答である。そもそも「消費社会としてありつづけるべきか」という問題は別に考えなければならないが、そこを考えると、伝統的な家族観の破壊といった問題よりずっと深く困難な問題に直面する。

『消費社会の神話と構造』においてボードリヤールが告発した消費社会における人間の「疎外」のひとつの形は、「わたし」がシニフィエを持たないシニフィアンとなり、何かを意味しようとしながら果たせず自らに戻ってくる図Ⅱ-③のような状況になるというものだ。彼はその簡潔な表現としてブラジャーの宣伝文句を引用している。「あなたが夢見る肉体、それはあなた自身のからだです」そこではシニフィエ=意味される私が失われてしまっている。

私はさらに二つの「疎外」について指摘できると思う。
ひとつは上記のものを逆から見たに過ぎないのだが、「わたし」の利用可能性がわたしに閉ざされてしまう、ということ。分かり難い表現だが、レヴィー=ストロースのインセスト・タブーの考え方と同じことだ。野卑な表現をすれば「売り物に手をつけるな」ということだ。「わたし」が交換価値を持つと、それは自分の好き勝手にしていいものではなくなってしまう。分かりやすい例を挙げれば、警官として勤務中の「わたし」は例え自分自身望んでいたとしても酒を飲むことはできない、そういうことだ。その程度であれば問題はないが、「わたし」を形作る様々な要素がどんどん記号化されていけば、やがて、「わたし」自身が私のものではなくなってしまう。
ふたつめ。ボードリヤールは、人間の全体性が失われ「使用価値と交換価値(いずれもモノの概念の特性だ)の二重の図式に組み込まれ、切り離された機能として客観化され(224頁)」てしまうと論じた。本来図Ⅱの④のようであるべき人間が、①のように分離してしまうということだ。わたしは別の形の「全体性の喪失」を考えるべきだと思う。
古い人間のイメージは、「わたし」は多様な属性を内に含みながらも確固とした自己の枠によって他者と区別され対面する存在だと言えよう。(図Ⅲ)
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それに対し、消費社会における人間のイメージは図Ⅳの様になる。「わたし」の中の様々な要素が交換価値を付与され記号化すると、それらは第一に他者のそれとの関係の中に位置づけられ、それらを自己へと統合する力はきわめて弱くなってしまう。
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by tyogonou | 2009-07-02 00:16 | 消費社会 | Trackback | Comments(0)
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