<訃報>土居健郎さん89歳=精神分析医、「甘え」の構造
<訃報>土居健郎さん89歳=精神分析医、「甘え」の構造
久しぶりで「甘えの構造」読み返してみたが、なんとももどかしい。
簡単に言えば構造なき構造、「甘え」と「甘えに似た単語」の羅列。もともと畑違いであることや時代も考慮すれば、利用できる理論が乏しいという事情も分かるが、せめて後一段深く掘り下げて欲しいと、なんども歯がゆい思いをさせられる。
例えば第一章日本生まれで日本語の達者なイギリス人女性が自分の娘について英語で説明していた途中急に日本語で「この子はあまり甘えませんでした」と言い、また英語に戻って話を続けたという話。
土井氏はそこから「甘え」という言葉が以下に日本語に特異なものであるかということしか導き出さない。この女性はなぜ、「甘えない」ということがわざわざ口にしなければならないと考えたのか、土井氏はこういう疑問を持たなかったのだろうか。この女性は、それが娘の成長を理解する重要な要素だと考えたからこそ、日本語を使ってまで話したのだ。それは、彼女が日本語で会話を交わした人々の中に、甘えるか甘えないかが子供の成長を語る上で重要だという認識があったということを意味する。土井氏がその女性との会話の中でそのあたりを掘り下げていったら、甘えという概念を理解するにも、患者の治療という目的にも大いに役立ったのではないかと思うが、まったくそういった話にはならないというのはどうかと思う。

もっとも一般向けの本であることを考えれば、変に理屈を重ねるよりわかりやすくていいのかもしれない。同様な不満を感じる齋藤孝氏の著作の売れ方を考えれば、それこそがベストセラーになった秘密でもあるのだろうか。
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by tyogonou | 2009-07-06 22:20 | Trackback | Comments(0)
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