<20年五輪>広島と長崎の名乗り、「政治利用」に抵抗感も(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
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東京で開催するより意義があるのは確かだが、疑問はある。
平和とはいえ、オリンピックの政治利用となりかねないのは、それをIOCがどう捉えるかという問題を抜きにしても、好ましいことではない。ノーベル平和賞はオリンピックに比べればはるかに「政治的」な性格をもっていて、オバマ大統領の受賞もそれによって核廃絶を進めようというメッセージとしては意義のあることかもしれないが、だからといってまだ実績のない人物をそういった形で利用すれば批判を浴びることになる。
また「政治利用」に関しては、オリンピックを利用して核廃棄を要求するというのとは逆の見方、即ち、被爆という事実を利用してオリンピックを招致するという見方もできる。当事者である被爆者たちがそういった見方をしないなら、外野がとやかく言うことでもないが。

一番問題なのは、オリンピックというものの性格が祝祭的なポジティブなものであることで、それが、核のない世界を祈念するという心とうまく調和するだろうかということだ。
たとえばイランのアフマディーネジャード大統領のような人物がひねた見方をすれば、ヒロシマ・ナガサキでのオリンピック開催は「核兵器が使用されても一世紀も経たないうちにオリンピックを開催できるほど繁栄できる」ことを示すものだ、と言うこともできる。もちろん、そんな見方に与するつもりはないが、誰にもそんなことを言わせないようなかたちのオリンピックは実現可能なのだろうか。
極端な話、この地球から核兵器が無くなり、「ヒロシマ・ナガサキ」という言葉が一つの役割を終えることになったとき、それを祝うという意味でオリンピックを開催するのなら、それは文句無く素晴らしいことだと思う。
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by tyogonou | 2009-10-12 23:18 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
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