座頭市
たけしの「座頭市」はホントに面白かったですか?
面白くなかった。
リズム感が悪く、ストーリーが流れず、まとまっていない。構成力が無い。
まずメインの大まかな筋書きがあって、用心棒と流しの芸者の簡単なサブストーリーを作り、たけし軍団のメンバーに適当なキャラ付けをして散らし、それらを絡み合わせることができずに、間を適当に埋めてスパイスに洋風のリズムを振りかけて一丁あがり、という感じの映画だ。
百姓たちが鍬を振るってリズムを作るシーン、なぜあんなでたらめな映像にするのか。きちんと農作業をしているなかでリズムが出来上がっていくようにするのがセオリーだろう。それをあえてしないというのもありかもしれないが、それに代わるものが何も無いため映像と音声とのリズムが乱れてしまっていて、どうにもいらいらさせられた。
問題のタップシーンも、和装とタップという、もともと合わないものをうまく合わせるための工夫が全く無く、ただ時代劇にタップダンスを入れてみましたというだけ。それは例えて言うなら肉じゃがにマヨネーズをかけて新しい料理と言い張るようなもので、きちんとした料理人ならマヨネーズ「風味」の肉じゃがを工夫するものではないか?(私は食べたいとは思わないが)
たけし本人の演技について言えば、本性を隠す座頭市のへりくだった態度が板についてなく、何か嫌味な感じがしてならなかった。逆に本性を現しているときの台詞は自意識が少しだが過剰な感じがした。うまく説明できないのだが、最後に盗賊の頭が知って驚く座頭市の秘密は、座頭市を優等生とは言わないまでも真理を見通す鋭い知性をもつ男ということにしてしまうのだが、そういった知性を醸しだそうというようなあざとさが感じられた。そのへんはもっとドライでニヒルな人物設定であったら問題なかったと思う。例えばいかさまを見破るあたりはキャラがぴったり合っていて説得力があったと思う。
唯一殺陣は良かった。

ビートたけしが芸大の教授になるというが、大丈夫なのだろうか。
映画監督としての評価はともかくとして、学生に教えるとなれば本人がしっかりとしたセオリーを持っているのが望ましいが、たけしにそれが期待できるかは疑問だ。もっとも芸術は教えられるものではないし、たけしの「天才」が学生を大いに刺激するというのであれば教育効果があるということだろうと思うが。

たけしとおすぎのバトルについては
「宣伝として金もらってそれで映画評論家だって言ってるおかしいのもいる」という批判はあたっていると思う。評論家にとって自分の意見の独立性を保つということは重要であるはずだからだ。だが、「たけしはこれまで批判的な人物を試写会に呼ばないこともあった。それもあって、一切批判しない“御用評論家”ばかり集まるようになっていた。」というのが本当なら非難する資格はないのではないかと思う。
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by tyogonou | 2004-12-06 13:16 | Trackback | Comments(0)
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