“第2のきみまろ”の声も出て息の長い芸人になりそうな ねづっち
“第2のきみまろ”の声も出て息の長い芸人になりそうな ねづっち(ゲンダイネット) - エキサイトニュース
ねづっちは、地味だが中高年に好感をもたれそうな顔をしているし、良く通って聞き取りやすい声をしている。「整いました」というのが印象に残るのも、発声がしっかりしているからだと思う。
そんなねづっちの人気は不思議ではないし喜ばしいことだが、第二のきみまろにはならないと思う。綾小路きみまろの強さは狭いが強烈なファン層をもつところにあるが、ねづっちはそういったタイプではない。
むしろ、簡単に真似できない芸、毒の無い顔と声という特徴が似ていたいっこく堂が連想される。どちらも高い技術の必要な芸をもっているが、それが目新しい間は受けるとしても、いつまでも飽きられずに求められるかどうかという点では厳しいかもしれない。
 視聴者の中にはあらかじめお題を教えていると疑う向きもあり、ネットに「台本がある」と書き込みされたが、関係者の誰もが即興と認めている。
問題は、現実に即興でやっていても、台本があればTVでは再現可能だというところだろう。現在視聴者が楽しんでいるのは、なぞかけそのものだけでなく、台本が無いことを知っている司会者などの驚きの反応も含めた全体の雰囲気ではないだろうか。のなぞかけの凄さが皆に認知され当たり前になった後、驚きのなくなったねづっちの芸に特にTVでの需要が残るのだろうか、という疑問はある。
なぞかけそのものについてもちょっと疑問がある。なぞかけはただ意味の異なる二つの言葉を結びつけるだけでは充分ではなく、おめでたい席ではめでたい言葉とつなげたり、あるいは社会や政治の風刺などを絡めるのも重要な技術だが(笑点の大喜利をおもいだすとよい)、ねづっちにはそれがあまり見られない。驚きが薄くなった後にはそういった要素も重要だと思うのだが。
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by tyogonou | 2010-07-29 21:06 | Trackback | Comments(0)
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