クローンとオリジナル
話題のクローン猫を5万ドルで販売した企業とは…。 | Excite エキサイト
「我々の依頼人であるジュリーさんによれば、クローン猫のリトル・ニッキーは元猫のニッキーとあらゆる点でまったく等しいということです」と、ジェネティック・セービング&クローン社のベン・カールソン副社長はNBCの番組で語った。
かわいがっていた猫が死んだ。そこでクローン技術で全く同じ猫を・・・という気持ちは分からないでもない。しかしそれはある意味でオリジナルの猫にとって残酷な仕打ちであると思う。「口の中のほくろや風呂の水であぞぶ癖」といったような属性をクローンに引き継がせるということは、ニッキーというオリジナルの猫からそういった属性を取り上げてしまうことになるからだ。言い換えると、それはニッキーを独自の思い出と共に記憶することを拒否することである。かつてニッキーという猫を飼っていたことは知識として飼い主の頭の中に残るとしても、生前の情景が切なさといった感情とともに胸によみがえってくるということはなくなってしまうだろう。そのような情景はニッキーの思い出ではなくリトル・ニッキーの日常となってしまうからだ。何代もペットを飼い続けていれば、昔のペットに対する感傷が薄れていくのは仕方の無いことではあるのだが、クローン技術によって「全く同じ」個体を求めようとする心は、その個体に対する本当の愛情と言えるのだろうか、疑問に思う。

クローン技術について
クローン技術そのものについては私は消極的だが、それはクローン技術が倫理的に「悪」だからというよりもそれが人類に大きな責任を要求するからだ。原子力の利用が倫理的に見て悪だとは必ずしも言えないが、それが人類に大きな責任を背負わせたということは間違いないだろう。クローン技術も同じことだと思う。神の力を行使するものは神の責任を負わねばならない。しかし、人間には不可能な重荷だと思う。
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by tyogonou | 2004-12-26 00:19 | 科学 | Trackback | Comments(0)
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