直(なお)きこと其の中(うち)に在り
吾が党の直(なお)き者は是れに異なり。父は子の為めに隠し、子は父の為めに隠す。直きこと其の中(うち)に在り。
ある役人が「自分の村には正直者がいて父親が羊を盗んだのを知らせてきた」と自慢したのに対して、孔子は上のように答えた。「私の村の正直者はそれとは異なります。父親は親のために隠し、子は父親のために隠します。正直さとは自然な人情の中に自ずから備わっているものなのです。」
儒教といえば、「礼」のような外からの枠によって人間を締め付けるようなイメージがする。その点でこのエピソードは注目に値する。孔子は人間の内側から出てくる自然で素朴な感情を尊んでいた。もちろんそれは出発点であって、そこにとどまっていてはいけないのだが、そこから離れることは決してない、というのが孔子だったのではないかと思う。
父親の不正という状況では、不正を暴くことを正義とする考え方の方が優勢だろうし、それを論破するのは難しいと思う。そこで「直きこと其の中に在り」と言い切るは清清しい。
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by tyogonou | 2005-01-08 02:14 | | Trackback | Comments(0)
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