ソウルの漢字表記
ソウルの漢字表記、韓国が変更案→中国は認めず
私は中国を「支那」と呼ぶ動きには同調できない。自分たちをどう呼んで欲しいかは基本的には本人たちの希望が優先されるべきであると思うからだ。同じ理由で、ソウルの漢字表記に関する中国側の態度には不快感を感じる。特に下記のような主張はあまりにも傲慢だ。「ハンチョン」と呼ばずに「ソウル」と呼んでほしいという要求はまともなものであり、その点についてきちんと応えるべきだと思う。まあ、これは日本人である私が口をさしはさむ筋合いでもないのだが。
 21日付の中国紙「新京報」は「新表記を受け入れるかどうかは中国など中国語圏の国の権利に属すことであり、韓国はそれを尊重しなければならない。単なる表記の問題ではなく、歴史的習慣や経済コストにもかかわる問題だからだ」との識者論文を掲載。
 中国側の冷淡な反応の背景には、漢字文化圏の盟主としてのプライドも影を落としていると見られるが、「漢城」と「首爾」が併存する状況が続けば、新たな混乱が拡散する可能性もある。
西洋の王者のマナーについて説明した有名な逸話を思い出す。
昔イギリスの王様のところに、西洋のマナーについてよく知らない客が訪れた。フィンガーボウルが出されると、その客はボウルの水を飲んだ。それを見たイギリス王は当たり前のように自分も飲んだ。
相手のプライドを守ることほうがノーブルな行いということだ。

孔子も、仁とは恭寛信敏恵の五つを行うことだと説明している。
恭即不侮、寛即得衆、信即人任焉、敏則有功、恵則足以使人。
恭(うやうや)しければ侮(あなど)られず、寛(おおらか)であれば人望が得られ、信(まこと)があれば人から頼りにされ、機敏であれば仕事ができ、恵み深ければうまく人が使えるものだ。

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by tyogonou | 2005-01-25 22:16 | 国際 | Trackback | Comments(0)
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