簡潔≠名文
昨年暮れになくなった日本棋院理事長の加藤正夫九段が12歳の時、後の師匠の木谷実の道場を初めて訪れた時のことを、木谷美春夫人が次のように書いている。
それから約一ヵ月後正夫少年は父上と道場へ訪ねてみえました。強い先輩大竹、春山、石榑といった人たちにいじめられたその夜、父上がお風呂に入れながらこのまま博多に帰ろうかと云われた時、皆はもう長い間道場で勉強して居るのだから強いのは当たり前だから僕もここで勉強したいとの正夫君の気持で即座に入門が決まりました。少年を一人平塚に残して父上は博多に帰られました。(『木谷道場入門2 布石と理論と実践』 加藤正夫 河出書房新社 昭和48年)
全く簡潔ではないという点で、悪文の見本といえなくもない。だが、私はこれを名文だと思う。確かに一文は長いが、流れによどみがなく、情景がスッと頭に浮かんでくる。それに、素朴でありながらなんとなく品があるのが不思議でもある。私自身もこういった文章を書いてみたい気もするが、論理をやかましく言われてきた身では実際にはなかなか書けそうにない。
日本の文化伝統を言うのであれば、「簡潔明瞭」な文体は必ずしも理想ではない、と思う。
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by tyogonou | 2005-02-03 23:28 | | Trackback | Comments(0)
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