イラク情勢、そして諸々
シーア派2氏が首相最有力 イラク次期政府人事が過熱
選挙後のイラクは安定化に向かっているようだ。不正の疑いやスンニ派のボイコットなどがあったりして正統性を問う声もあるようだが、今度の選挙が結果に厳格な正統性を付与できるほどきちんとしたものである必要はあまりないと思う。目下の最優先課題は憲法の制定だが、憲法の制定には国内の様々な集団を統合するためにも少数集団への配慮は欠かせないし、憲法の条文とは質が問題なのであって、議席割合によって条文が配分されるようなものでもない。多数派を握ったシーア派の政治指導者が離脱者を出さないように働きかけをしまとめていく限りにおいて今回の選挙結果が大きな問題になることはないと思う。むしろ問題なのは他国からの影響(そしてそれを疑うこと)なのだが、現在のところ懸念材料もないようだ。
憲法についての首相候補者の発言もこういった方向性を裏付けているように思える。

アブドルマハディ氏は、憲法がコーランにのみ基づくべきだとの立場には反対。コーランは法律の基礎の一つと主張している。治安部隊に旧バース党員を採用すべきではないとし、代わりに自ら組織化にかかわった民兵「バドル旅団」を取り込むべきだとの立場だ。
 旧フセイン時代も長くイラクにとどまったことや、穏健な人柄から国民の人気が高いジャファリ氏は、サウジアラビアのような厳格なイスラム法の適用はイラクになじまないと説明。医師である自分の妻を例に挙げ、「病院に通って、患者の腹を切開する彼女に運転を禁じるような法律に同意はできない」と発言している。
バース党員の扱いについては注意が必要だ。アメリカの占領政策の過ちはバース党員を公職から完全に排除しようとしたことだといわれる。フセイン政権下のイラクでバース党員だったということが則フセインの信奉者だということを意味するわけではない。バース党員であることは良い(時には安全な)生活を意味することもあったわけで、その全員を排除することはあまり賢明なことではない。この点についてはシーア派最高指導者のシスタニ師もアメリカと同様の考え方をしているようだ。
もっともアブドルマハディ氏は「治安部隊に」採用すべきではないと発言しているわけで、専制国家において警察、治安関係者の果たす(果たしていた)役割を考えれば、正しい方針だと思う。ただし自分が組織した民兵を使おうというのはいただけない。テロ対策を考えてのことかもしれないが、こういった集団が将来強大な権力を握るという不安の方が大きい。今のイラクの国民にとって重要なのは、日常的な安全が守られること(平たく言えば泥棒が捕まること)そして同時に治安警察のような国家権力から脅かされないことなのではないかと思う。そういう意味で、日本が、少し前まではうまく機能していた交番の導入を勧めてみるのもひとつのアイデアかと思う。
それから「サウジアラビアのような厳格なイスラム法の適用」というのはちょっとした皮肉だ。発言した本人にはそんな意図はないかもしれないが。アメリカのロジックの背後にある民主主義対イスラム原理主義というような枠組みで考える時にそれは皮肉であるのだが、サウジが厳格なイスラム国家であるというとはごく当たり前な指摘だからだ。
サウディアラビア王国の政体
イスラム法は、2世紀以上も前に第1次サウディ侯国が国是とした法でした。第1次サウディ侯国は、イマーム・ムハンマド・ビン・サウードとイスラム改革者ムハンマド・ビン・アブドルワッハーブが盟約し、アッラーの言葉を高く掲げ、イスラム法を採用し、イスラム信仰を防衛するために建国した国でした。サウディアラビア王国をイスラムとイスラム法の国にする運動は、それ以降も継続して進められました
サウジアラビアとはイスラム教ワッハーブ派の国であり、国王は同時にワッハーブ派のイマームでもある。そして、サウジ出身であるアルカーイダのオサマ・ビン・ラディンらもワッハーブ派であるといわれる。
アルカーイダをワッハーブ派組織とまでいってしまうのが正しいかどうかは分からない。アルカーイダの宗教的な背景についてはアメリカにとっては触れたくない問題だということもあるだろうし、アルカーイダはそういった細かい宗派集団というより、イスラム的な価値観を武力によって実現しようとするグループの元締めのようなものとして捉えるべきではある。しかし、例えば人質として拘束され後に解放されたフランス人記者にテロリストが語った、「アンダルシアから中国国境にいたるカリフ国家」の実現という目標もワッハーブ派の教義と矛盾するわけではない。サウジアラビアのアルカーイダの違いはサウジ国王をイマームとするかどうかの違いであると言えるだろうし、あるいはオサマ・ビン・ラディンが目指しているのはイマーム・ムハンマド・ビン・サウードのなしたことを再現することだともいえるのではないかと思う。
イスラム原理主義のテロリストが生まれる背景にはその国の指導者層における堕落への反発などもあるのだが、不思議なのはそれが国内の革命という機運には結びついていないように見えることだ。サウジ国内で王家への不満が生まれても、その不満をアルカーイダのようなグループがうまく国外へ誘導することによって国内は比較的安泰でいられる、いわばガス抜きとしてのテロ輸出を(意図的にとは言わないまでも)行っていることは間違いない。アメリカが、シリアやイラクをテロリストを支援しているという理由で非難するとき、先に非難すべき国があるだろうと思わざるを得ない。アメリカとてこれが分かっていないわけではなく、さりとてサウジ(の石油)なしでは生きていけないというジレンマがあって複雑な緊張関係にあるわけだが、それでダブルスタンダードが許されるわけではない。

今日になってこんなニュースも出てきた。
サウジアラビアの宗教警察、赤い薔薇に激怒
この記事をサウジアラビアの出来事ではなく、タリバン政権下のアフガニスタン、革命後のイランの話として聞かされても違和感はないだろう。そのとき、このニュースはどういったニュアンスで伝えられるだろうか。
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by tyogonou | 2005-02-16 13:11 | 国際 | Trackback | Comments(0)
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