内心の自由
国旗国歌指導の徹底求める 対話集会で中山文科相
中山成彬文部科学相は5日午後、松江市での対話集会で学校教育現場での国旗国歌の指導について「(教員に)内心の自由はあるが、どういう考えであっても国旗国歌に敬意を払うということを教えるのは、教師として当然のことだ」と述べ、指導を徹底すべきだとの考えを示した。
「内心の自由」などというものは無い。思想信条の自由はそれを外に向かって表現する自由である。内に秘めている限り、そして例えその信条に反するような行動を強制されてもおとなしく従う限りにおいて「自由」であるというのであれば、江戸時代のキリシタンたちも現代の私たちと同様な自由を謳歌していたのだということになる。
この問題、国旗国歌というものの扱いに国際社会にある程度普遍的なプロトコルがあって、それを守れなければ「恥をかく」ことがあるというのはその通りだと思うが、少なくとも日本の若者がそのことで顰蹙を買っているというわけでもない。とすれば、あえてこれ以上徹底しろという根拠もないように思うが?
それから、例え普遍的一般的な事柄であっても"opt out"が可能なのが自由な社会であると思う。(例えば「良心的兵役拒否」のようなものを思い浮かべると良い)
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by tyogonou | 2005-03-05 22:04 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
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