ナイナイの見識
ナイナイ俺たちは出る!
リスナーを大事にしている”のであれば、リスナーを無視して、経営が変わったらパーソナリティーを降りるということを発表するのはよくないと思う。それでなくてもリスナーは不安やろうに…。
正論だと思う。
公共性云々をもちだして堀江氏を非難しておきながら、新株予約権発行のような手を打ってみたりする。リスナーを大事にしないといって非難しておきながら、リスナーを平気で見捨てる。利益を追求する企業としては法律に触れるおそれがあってもとりあえず打てる手は全て打ってみるのがあたりまえではあるし、タレントには自分の出演する放送局を選ぶ完全な自由があるわけで、どちらも非難には当たらないと思うが、私としては彼らの言葉の背後にある内容的なものの重みを問題にせずにはいられない。
堀江氏にも問題はあるかもしれない。私個人は堀江氏の語るビジョンにはなんの感銘も受けたことはない。しかし、それでも彼がプロ野球球団や放送局の経営者としての適性を著しく欠いているとまでは言えないと思う。巨大なグループ企業を長年にわたって私有物として扱い、問題が露見しようとすると、取引先の企業への迷惑さえ顧みることのなかった経営者、被雇用者(とはちょっと異なるが)の代表が話し合いを求めると「無礼を言っちゃいかんよ。たかが選手が。」と切り捨てた経営者、そういった人々と比べて堀江氏に決定的な問題があるわけではない。あるいは現時点での彼には看過できない大きな問題があったとしても、それはライブドアが経営権を握った後で修正不可能なわけでもなく、それでもダメだというならそのときは降板ということにするのであれば、筋は通っているといえるだろう。
出演拒否を表明している人々の考えがどんなものであれ、その根拠となっているのはかなり不確かな予見に過ぎない。堀江氏のビジョンが間違っているなら、理想の番組、放送、メディアとはどういったものであるのかという方向に議論を持っていくべきであるのに、ただ「出演しない」というのであれば彼らの放送に対する情熱というものも知れたものだ。
中島みゆきNO…“堀江ニッポン放送”出演拒否の意向
ニッポン放送は書面で、「人気パーソナリティーが降板することは、聴取率の低下を意味し、広告媒体としての価値が落ちる」と主張していた。
裁判の文脈上致し方の無いロジックだ。だが、そうではあってもこの志の低さはどうだ。
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by tyogonou | 2005-03-27 02:13 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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