歴史と伝統
歴史と伝統尊重を宣言へ 自民が立党50年大会
かつて落語中興の祖といわれた三遊亭圓朝は、維新後東京にやってきた薩長政府の役人たちから、「江戸っ子」などと偉そうに言うがいったいそれはどんなものなのか、納得いくような噺を聞かせろと注文されると、迷わず「文七元結」を選んだといわれる。
憲法で宣言すべき日本の歴史と伝統を端的に表現するようななにかを挙げろと言ったら、どんな答えが返ってくるのだろうか。ひょっとしたら、内実などないところがミソであって、現行憲法で否定されているような価値観を正当化するのに便利な抜け穴として、(取るか捨てるかという二分法に持ち込めば特に)正面きって反対はし難い歴史や伝統という言葉が便利だというだけではないかとも思う。
そもそも、自民党が持ち込みたがっている「道徳」などが人権などとうまいこと統合されうるのか疑問だ。道徳と人権(もっと言えば憲法自体)はそれが用いられるパラダイムが異なる共約不可能な(とは言わないまでも困難な)概念であるから、それをひとつの憲法にまとめることはかなりアクロバティックな理論化を必要とするはずなのだが、そういった難問に取り組んだ形跡が見当たらないのはどういうことか。

なんにせよ、歴史と伝統の尊重を憲法で謳いたいのであれば、最低限その優先順位を明確にすることが必要だ。それが例えば基本的人権のような価値観と対立した場合、どちらが優先されるのかということだ。「その是をとって非を除き」などと言う以上、歴史と伝統より上位にあってその是非を判断するよりどころとなるべき価値が既に想定されているはずであるから、これはそれほど難しい注文でもないだろう。
もっとも上位の価値が存在するなら、敢えて別のものをもちだして無用な混乱を招くようなことはしない方がいいのではないかと思う。現行憲法に、日本の歴史と伝統の是とすべき部分を守り伝える妨げになるような面があるというわけでもない。歴史と伝統を守るための取り組みは現行憲法下でも機能しているし、それでもなお足りないものは憲法に謳うことで補いうるわけでもない。


<憲法シンポ>中曽根元首相、試案を大幅改定され怒り心頭
 新憲法起草委員会で前文小委員長を務めた中曽根氏は、基調講演。自ら作成した前文の素案から「太平洋と日本海の波洗う美しい島々」「和を尊び」などの表現が削除されたことを「一番大事なところを外しちゃった」と批判。
苦心作を反故にされた中曽根氏には同情するが、憲法に無ければならない表現というわけでもないだろう。次の万博の日本館のパンフレットにでも使えばよい。
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by tyogonou | 2005-11-24 23:58 | 憲法 | Trackback | Comments(0)
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