証言拒否
「逮捕で住民補償不能」 小嶋社長が住民に説明
 面会した住民代表によると、小嶋社長は「住民への瑕疵(かし)担保責任を果たしたい。逮捕の場合補償ができず、その点を(喚問では)気を付けた」と述べたという。

すごい言い草だ。別に社長が逮捕されたからといって保障ができないということはないはずだ。もちろんこれは自分が逮捕されたら思い知らせてやるぞ、という脅しとして受け取るのが正しいわけだが、偽証が罪に問われうる証人喚問の場での証言拒否の理由を利他的な善行であるかのように語るとは不遜の極みである。証人喚問において証言を拒否することが許されているのは、それが利己的なものであるからだ。究極的な利己的行動である自己保存は、それこそ誰も侵すことのできない神聖な権利であるからこそ憲法はそれを保障しているのだ。

ただし、ここで冷静さを失うことがあってはならない。どうしたことか、ジャーナリズムに携わる人間からもこの証言拒否について不満の声がもれているようである。しかし、これは憲法の保障するきわめて重要な価値なのだ。証言拒否が許されることによるデメリットはたしかに少なくはないし、それに対する憤りも確かに理解できる。しかし、免責特権(罪に問われない特権と引き換えに自己にとって不利益なことも証言させること)のようなものを認めることなしに、証言が矯正されるような法制度の害は比較にならないほど大きい。そのことをきちんと認識しておくべきではないか。

「質問に答えることが、自分を罪におとしいれると考えた場合はね、ミス・ビベンズ、あなたはただ、”憲法に定められた権利にもとづき、わたしを罪におとしいれるおそれのある質問に答えることを拒否します”とそういえばよろしい。いったん、あなたがそういったからには、地上のいかなる権力といえども、あなたに答弁さすことはできません」
セルマ・ビベンズはにっこり笑った。
「憲法に定められた権利にもとづき、わたしを罪におとしいれるおそれのある質問に答えることを拒否します」
行き詰まりを示す沈黙が、証人席の周囲に群がる人々を包んだ。やがてバーガーはため息を漏らした。それは何よりも雄弁に、敗北を物語るしるしだった。
(中略)
「このような質問が、なにゆえに証人を罪におとしいれることになるのでしょうか?」バーガーはウィンタース判事に助けを求めた。
メイスンは肩をすくめた。
「もし、わたくしの法解釈にして誤りがなければ、それは証人自身が判断することでありましょう。説明することは、かえって質問に答える以上に、証人を罪におとしいれることになりかねません」
(『義眼殺人事件』E.S.ガードナー 小西宏役 東京創元社 1961年)

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by tyogonou | 2006-01-19 13:25 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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