ムハンマド風刺画
ムハンマドを風刺した漫画の影響が大変なことになっている。
もともとの漫画についての具体的な情報が不足しているのでこの件についてきちんとした評価を下すことは非常に難しいのだが・・・。
私にとって意外だったのは欧米諸国のメディアが「表現の自由」の表現としてこの漫画を積極的に広めようとしたことだった。もともと、デンマークの新聞の記事も、単なる揶揄ではなく、「神を風刺する自由」についてイスラム教徒に訴えようとする、軽率だが完全に思慮を欠いているというわけでもない一応の意図をもって掲載されたものであったらしい。ただ、重要なのは、彼らが風刺しようとしたのが彼ら自身の神ではなかったということだ。表現の自由はたしかに重要で、私はそれが例えどんなにくだらないものでも、相当な理由がない限り認められるべきだと思っている。しかし同時に、他人の振興を笑いものにする、あるいは笑いものにされていると相手側が取りかねない場合には相応の配慮が不可欠だと信じている。
ムスリムからの抗議に対して、欧米の新聞の側は、ムハンマドの顔を(真面目な意図で)描くこと自体許されない偶像崇拝を禁ずる厳しい戒律が、なぜ否定されなければならないか、正面から応えていない。イスラム世界と西欧世界という異なるパラダイムの間に横たわる、肖像を描くことに関する意味合いの協約不可能性について、西欧の新聞はよく言えばあまりにも無邪気であり、悪く言えばあまりにも不遜である。イランはホロコーストについての漫画によって対抗するつもりのようだが、そんなものを持ち出すまでもなく、児童ポルノなどの表現の自由について考えてみるだけで充分ではないか。
イギリスの有名な蝋人形館がベッカム夫妻をヨセフとマリアにみたててキリスト生誕の場面を再現したことに対してヴァチカンが抗議した時、西欧のマスコミが表現の自由をもって対抗したという話はきかない。表現の自由を理解しているはずの身内に対して要求しなかったものを、他者に対して要求するのはちょっとばかり虫が良すぎると思う。

もちろん、イスラムの側の抗議に一定の節度が必要であることも確かなことで、放火したり、テロの脅迫をしたりなど許されるべきではないことは言うまでもない。

心配なのは、キリスト教対イスラム教と言う図式がアメリカ対アルカーイダ(に代表されるテロ組織)だけに当てはまるものではないということが明らかになったことだ。西欧諸国のメディアと比較的穏健なイスラム教国の一般国民との間にこのような激しい対立が潜在していたいうことに少々戸惑いを感じている。米国がイスラムの怒りに理解を示し、イラクシーア派の重鎮シスタニ師が過激な抗議行動に対する不支持を表明しているのは一方で興味深いことだが、どちらかと言えば対話に前向きであるように思われた穏健派のなかにこれほど激しく燃え上がる火種が潜んでいたとは想像もしていなかったし、その火の行く先には非常な不安を覚えずにはいられない。
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by tyogonou | 2006-02-09 02:48 | 国際 | Trackback(1) | Comments(0)
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