教育基本法:民主党の対案
教育基本法:民主が対案決める 「国」の表現避ける

民主党もまどろっこしい物言いをする。
日本を愛する心を涵養(かんよう)し、祖先を敬い、子孫に想(おも)いをいたし、伝統、文化、芸術を尊び、学術の振興に努め、他国や他文化を理解し、新たな文明の創造を希求する。
素直にこうすればいいではないか。
惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝国ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ国ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ朕我カ臣民ハ即チ祖宗ノ忠良ナル臣民ノ子孫ナルヲ回想シ其ノ朕カ意ヲ奉体シ朕カ事ヲ奨順シ相与ニ和衷協同シ益々我カ帝国ノ光栄ヲ中外ニ宣揚シ祖宗ノ遺業ヲ永久ニ鞏固ナラシムルノ希望ヲ同クシ此ノ負担ヲ分ツニ堪フルコトヲ疑ハサルナリ

旧憲法との類比は無茶かもしれないが、すくなくとも目配りのきいていない粗雑なものだと言える。
 我々が直面する課題は、自由と責任についての正しい認識と、人と人、国と国、宗教と宗教、人類と自然との間に共生の精神を醸成することである。
「正しい認識」というのはあまりに不用意でいただけない。なにが正しく何が正しくないかは教育基本法の文言とは別個のところで議論されるべき問題であって、基本法の文言としては「自由の大切さと責任の重要さを自覚し」という程度に留めておくか、あるいはもっと具体的にその正しい認識の内実を記すべきである。また、個人の教育を規定する法において、「国と国、宗教と宗教、人類と自然」の共生を謳うのも奇妙な話である。「他者、他国民、他の宗教を信ずる人々、そして我々人類をとりまく自然との間に共生の精神を~」というのが妥当なところだろう。さらに我々が直面する問題というのも受身であって、現行法の「我々は~決意をしめした」「われらは~しなければならない」といったきっぱりとした能動的な宣言とは対照的である。
 我々が目指す教育は、人間の尊厳と平和を重んじ、生命の尊さを知り、真理と正義を愛し、美しいものを美しいと感ずる心をはぐくみ、創造性に富んだ、人格の向上発展を目指す人間の育成である。
ここでは「美しいものを美しいと感ずる」というのがダメだ。少なくとも岡本太郎後の世界においては陳腐なセリフだ。 
さらに、自立し、自律の精神を持ち、個人や社会に起こる不条理な出来事に対して、連帯で取り組む豊かな人間性と、公共の精神を大切にする人間の育成である。
「自主自律の精神を持ち、不条理に屈せぬ自立心と率先して問題に取り組む自発性、そのための連帯に必要な自他の敬愛と協力の精神とを兼ね備えた豊かな人間性の育成である」。こんなところであろうか。

些細な表現をあげつらっているだけのようでもあるが、このいいかげんな言葉の裏にあるかもしれない不純な動機と、それゆえの思考のあいまいさが気になって仕方が無い。

どれだけ好意的に見ても、民主党案は現行の教育基本法の(憲法との整合性も含めて)体系立った美しさには到底及ばない。争点となっている愛国心についても現行法は簡潔に的確に規定している。なぜこれを越えてまで愛国心を強調しなければならないのか、私には全く理解できない。
教育基本法前文
われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

(教育の目的)
第1条 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

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by tyogonou | 2006-05-24 03:29 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
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