野球に失礼
欽ちゃん泣いた…茨城GG解散へ

解散が正解だと思う。
萩本監督の沈痛な面持ちにはショックの大きさがありありと浮かんでいたし、解散という決定やその会見もいかにも欽ちゃんらしいものだったと言えるのだが・・・私にはその脈絡のつかなさにとまどいを感じずにはいられなかった。
一所属選手の起こした事件がどのような脈絡でチームの解散へと結びつくのかまったく説明がなく、あまりに突飛で重大な発表には、責任を果たすというよりただ投げ出しただけという印象をぬぐえなかった。20日のこの記事では「少女に飲酒させた場に、山本の他にも2人の選手が同席していた」ということであり、チーム全体の問題という側面があることも事実のようだ。しかし問題はこれを発表したのが吉本興業であり、萩本監督からは一切の説明がなかった(というより、萩本監督自身、この事実を知らなかったし知ろうとしなかった)ことだ。つまり監督の決断はただ山本圭一が事件を起こしたという情報のみに基礎を置いているということで、なぜ解散すべきと考えたか理解しがたい。
試合終了後に詳しく報告を受け、17日夜に山本からも電話が入った。
 山本「すみません」
 萩本「その先は言うな。内容も知りたくない。そのまま切れ」
 山本「本当にすみませんでした」
こういった潔癖さこそが欽ちゃんの魅力であることは間違いない。しかし自分が知りたかろうが知りたくなかろうが、チームの存廃を決定する責任者として、野球に対する礼として、そして本人から直接話を聴くことができないファンに対する責任として、萩本監督は内容を知らなければならなかった
「山本だけが責められる問題じゃない」という。確かにさっさとトカゲの尻尾きりするよりはいいかもしれない。だが事情もはっきりしないまま重大な選択肢を選ぶいいかげんさという点では五十歩百歩だと思う。
「ユニホームが好きだった。野球が好きだった。“夢列車”なんてでかいこと言ったけど、どこにもたどりつけないで…」
「65歳の大きな夢物語でした。できることならどこかでまた野球をやらせてほしい」
哀しいのはその重みのなさだ。芸能界の大御所の口にする「夢」という言葉は、様々な競技の世界規模の大会が行われるたびメディアに湧く若い「応援団長」の口にする「夢」と同じ程度にしか私の心を動かさなかった。
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by tyogonou | 2006-07-21 01:51 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
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