萬言不直一杯水
<加藤氏実家放火>小泉首相が初コメント「許せない」
「首相は日本社会の嫌な雰囲気を是認」 小沢民主代表
放火への沈黙 「テロとの戦い」はどうした

以前私は小沢民主党代表についてどちらかと言えば否定的なことを書いた。そのとき書いたことは今でも正しいと思っているが、最近の小沢代表の言動は好ましく思える。簡明にして率直な言葉できちんとした見識を表明しているのは近年の政治家にはなかったことと言っても過言ではない。以前なら無知な素人を拒絶するかのような硬い表現をしただろうし、逆にあるいは分かりやすくしようとすれば変にくだけすぎた珍妙なパフォーマンスになってしまっていたが、聴き手の心にも素直に届くようなものいいになってきたのは、人間的に深みを増してきたということだろうと思う。(これは、そのコメントで引き合いに出した加藤紘一氏にも言えることで、淡々として素直に哀しみを語る加藤氏の自意識のなさは理想家のよい面が出ていたように思うし、平静さを保ちつつかといって肩肘張るでもなく「今まで通り発言していく」と語る様は多単なる空想家にはない芯があることをうかがわせた。)

ただ、小沢氏の分析、批判はある意味で的外れだったと思う。小泉首相は、suicide terrorismの風潮を是認しているわけでもなく、開き直っているわけでもなく、首相としての言動がもたらす影響を無視しているわけでもない。首相にはそもそもこの事件自体への興味関心がないというだけだ。
首相の発言だけを読んでいたのでは、それがテロという大事件を受けてのものであるとは気づかないかもしれない。「許せることではない」と、よく言えば客観的だがむしろ他人事な「指摘」、自戒してみせることによって自らの立場を確保したところで他者(マスコミ)への責任転嫁。「それは全く違うと思いますよ。マスコミの皆さんが言っているだけでね。」こんなフレーズを何度聞いたことか。小泉純一郎という首相はこのフレーズで全てが言い表せるといってもいい。
この人は加藤氏が小泉首相の靖国参拝を批判していたことを知らないのではないかと疑いたくなる。あるいは加藤氏の自宅が放火されて消失してしまったということさえ聞かされてないのかもしれないのではないか、そう思わせるくらいに現実離れしている。
かつてイスラム過激派がアメリカで起こした自爆テロを自由、平和、そして民主主義に対する重大な挑戦と非難した悲しみと苦しみ、そしてテロに対する強い憤りはどこへ消えてしまったのか。首相にとってもはや自由も平和も民主主義も敢えて守らなければならないほどの価値を持たなくなってしまったに違いない。
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by tyogonou | 2006-08-30 02:56 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
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