安倍氏の政権構想
安倍氏の政権構想要旨
さわやかさを演出したかったのだろうが、ぎこちない笑顔が上気した顔と相俟ってかえって不気味に感じられたのは私だけだっただろうか。
意外に、この人はいざというときパニックに陥ってしまってしくじることがあるのではないか、そんなことも思ったりしたが、これは無責任な外野の印象に過ぎないし、逆に言えば人間味があるということにもなるかと思う。小泉首相がマスコミの批判に晒されることが多くなるにつれ、まるで死体のような無表情さを見せるようになっていったのを思うと、この人の顔は今後どのように変化していくのだろうか、少し興味をひかれる。
当然、表情がとかく暗くなりがちな安部氏に誰かが入知恵したのだろうがもったいないことをしたものだと思う。いつもと変わらぬ顔のまま、北朝鮮問題の解決を中核とした政権構想を訴えていた方が、真剣さと誠実さという点で大いに評価できたのに。
そもそも拉致の問題に安倍氏は以前から深く関わってきたわけだし、問題に寄せられる国民の関心の深さと先延ばしすることのできない切迫さという点で、優先度の高い問題であるはずだ。さらに、この問題へ取り組むには韓国や中国との連携が不可欠であるうえ、この問題に対する日本の主張の正しさは強固なものであるから、冷え込んでいる両国との関係を修復していくのにも有用であるという点でも、これをもっと積極的に前面に押し出した方がよかったのではないかと思われる。ちょうど小泉首相が「郵政民営化」という具体的な政策の実現によって「自民党をぶっこわす」という目標を達成するのだというビジョンの明確さによって支持を集めたように。
穿った見方をすれば、「美しい国、日本。」などというあいまいで空虚なスローガンの陰に隠してしまったのは、この問題の解決には安倍氏自身悲観的な見方をしているからではないかと思えなくもない。明確な政策は良くも悪くも結果が明白に出るから実現の可能性が低いものは安易に主張できないものだ。小泉首相ほどの我儘さも面の皮の厚さも持ち合わせていない安倍氏にはこの問題を声高に叫ぶことはできなかったのだろうが、その度胸のない安倍氏に数多くの困難を乗り越えて解決を導くこともできないのではないか、不安はぬぐえない。

憲法改正についても、これほどの重要問題を掲げながらそれを支える問題意識をほとんど明らかにしていないのはいただけない。私の見るところ改憲を求める動きは、主として司法による度重なる違憲判断に、半世紀もこの国を支配してきた党の不満が臨界点に近づきつつあることの表れでしかない。私には、安倍氏がこういった動きの中に身をおいているかというと、そうとも言い切れないように感じられるのだが、それは安倍氏により深い見識があるように見えると言うことではなく、むしろ何も考えないまま流れに乗っておこうとしているだけのように見えるということだ。
安倍氏は、なぜ今新しく憲法を制定しなければならないのか、なぜ現行憲法ではいけないのか語っていない。いまさら21世紀の日本にふさわしい、もないだろうし、「もはや戦後ではない」と宣言されて半世紀もたってから「戦後レジームからの新しい船出」もないだろう。このまま安倍氏に新憲法の前文案を書かせてみたらどれだけ威厳や迫力にみちたものができるだろうか? 
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
小泉首相はこれを珍妙な文脈の中で引用したが、自国の安全を守るために国連の同意は必要ないとして他国へと侵攻した某国の振る舞いを見るにつけ、この憲法の求めた理想に輝きをみる人々は現在でもなお少なくはあるまい。戦時下の重苦しい雰囲気への反動と青臭い理想主義の結果であるかもしれないが、普遍的価値を説くその力強さは美しさを謳う安倍氏のにやけ顔とはくらぶべくもない。残念ながら美しさにおいても、三原則を掲げ、それが具体的にどのようなものでどう実現されるべきかを敷衍していくロジカルな美しさをもつ現行憲法に分がある。そういった美しさは必ずしも日本古来の美感によるものではないとはいえ、最近流行の奇麗事を脈略なく並べただけの安倍氏の主張には埋めようのない差が歴然としてある。
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by tyogonou | 2006-09-04 04:31 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
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