人権メタボリック症候群
<文科相>「人権だけ食べ過ぎれば人権メタボ症候群」と発言
 伊吹文科相は、人権を「侵すべからざる大切なもの」としたうえで、バターに例えて発言。「権利と自由だけを振り回している社会はいずれだめになる。これが今回の教育基本法改正の一番のポイント」と持論を展開した。
新奇な表現をつかってうまいこと言ってみたかっただけでしかないようにも思われるが、札幌、10人に1人がいじめ被害という現状は、食べすぎと言えるほどに人権が満ち足りていることを意味しているのだろうか?

自民党が最初に出した教育基本法の改正案には、「個人の尊厳を重んじ」という文言が外されていたと記憶している(最終的には復活した)。その改正に関わる議論の真っ只中に相次ぐいじめ自殺が問題となったにも関わらず、この理念について議論されることはなかった。個人の尊厳を謳った旧基本法の下でさえいじめという問題が延々と続いてきたという事実をどう捉え、それに対する解答として新法はどのような道を指し示すのか、そういう問題意識は反対派の側にさえ希薄であったように思う。いじめを教育の構造的な問題と捉える見方はあるにしても、カリキュラムであるとかメディアの影響だとか、基本法とは関係のない形而下の問題であって、基本法が掲げる理想を実際の教育の場で規範化しようという意識は欠落しているように思われる。

いじめを「ひきょうなこと、はずかしいこと」と、なんだかカンニングやなにかと同じようなトーンで語る伊吹文科相のアピールの緊迫感のなさも、個人の尊厳は重んじられねばならぬという規範の裏づけが欠けていたからに相違あるまい。
[PR]
by tyogonou | 2007-02-28 00:26 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://fukureki.exblog.jp/tb/6540179
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 浅野氏参戦 内閣崩壊その3 >>