銃社会で家族を守るには
<立てこもり>自宅で拳銃男 長男次女、警官ら負傷 愛知
この手の事件には驚かなくなってしまった。
ほんの少し前までは銃といえば暴力団の抗争というごく限られた状況の中で使われるだけだったし、人気のない時間に事務所のドアに銃弾が打ち込まれるだけということも多かった。しかし、今や堅気の生活に銃弾が飛び込んでくる危険性を現実のものとして考えなければならなくなったのかもしれない。自分や家族を銃弾から守るにはどうしたらいいのか?
おそらくいまどきのトレンドにもあう答えは、自分も銃を持つということだ。銃があることで、撃たれる可能性が低い、あるいはない、やればやり返す、という論理は当然ありえるわけだ。憲法解釈上、日本も自衛のためなら核兵器の保有さえ可能というのであれば、個人が自衛のために対戦車ロケット程度なら所持しても問題なさそうに思える。国が国民を、国民が家族を、親分が子分を守るために何をすべきか考えるなら、銃器所持の合法化も視野に入れるべきだ。

国家による権力行使という安全装置がある国民生活と、そのような装置を持たず互いの信頼やパワーバランスなどによって安全を保たなければならない国家間とでは若干事情は異なる。しかし国民が自分や家族、自分の属する共同体を守るために武装することは、国家防衛の基礎となるという意味においても好ましい。アメリカの憲法が銃の所持を認めているのもまさにそのような理由からである。
修正第二条 規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない。
改正される新しい日本国憲法でも同様の規定を設けるべきだ。そうすれば、日本もアメリカのように国際平和に貢献し、日本国民はアメリカ並みに安全な生活を手に入れることになるだろう。
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by tyogonou | 2007-05-17 23:48 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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