弁護士の責務
遺体「強姦」は死者復活の儀式 弁護団が「失笑」ものの新主張  | エキサイトニュース
被告は、自分が中学1年のときに自殺した母への人恋しさから被害者に抱きついた。甘えてじゃれようとしたので強姦目的ではない。騒がれたために口をふさごうとしたら誤って首を押さえ窒息死させた。死後に遺体を犯した行為は、生をつぎ込み死者を復活させる魔術的な儀式だった。長女は泣きやまないので首にひもをまいてリボンの代わりに蝶々結びにしたら死んでしまった。
無邪気さと間の悪さという意味で、ミスター・ビーンのようなお話だ。いくらなんでも無理のある主張で、被告より先に弁護団の責任能力を鑑定した方がいい。
忘れてならないのは、どんなに非道な犯罪を本当に行った被告でも、弁護士は被告の利益のために全力を尽くすべきだということで、弁護士が自分の心のうちで断罪し、裁判を有罪に導くようなことは絶対にあってはならないということだ。したがって、弁護団が例え無理があっても被告のために別の可能性を提示することは非難されるべきことではないのだが、上記のような主張では、本当に被告の利益を考えているのか疑問である。多感な少年期に母親が自殺したことが少年の心に深い傷を負わせた可能性は充分考えられる。
しかし、母恋しさに甘えてじゃれようとしただけなどという弁護団の主張は、その傷を深く掘り下げ被告を理解した上での結論というより、被告をないがしろにし弁護団の利益に適う道具としてその事実を利用しただけであるように思えてならない。
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by tyogonou | 2007-05-26 00:28 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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