ご都合主義的な防衛構想
asahi.com:「クラスター爆弾は防衛に必要」 空幕長が明言 - 政治
国民が爆弾で被害を受けるか、敵国に日本が占領されるか
攻撃されて蹂躙(じゅう・りん)されるか、守り抜いた後で不発弾処理をした方がいいか。
とかく日本は特別だと言いたがるのは日本人の悪い癖ではあるが、日本は島国で海岸線が長く云々だからクラスター爆弾が必要という議論はちょっとおかしい。イギリスにしろオーストラリアにしろインドにしろ、海岸線の長い国はそんなに珍しいものではないし、イラクのように障害物のない砂漠に国境が通る国の防衛にとってもクラスター爆弾は便利である。日本の軍関係者が日本の事情について話すのはおかしいことではないが、日本の状況が特別であるかのように言うべきではない。(兵器としての有効性か非人道性かという二分法では前者を採るというのが彼らの主張の本質である。それに、あえていうなら、小型戦術核もまた同様の目的のためには有効な手段である。

問題は、クラスター爆弾が、日本の軍隊が他国の侵略から国を守るために有効なだけでなく、相手国が日本を攻撃するのにもきわめて便利だということである。日本語のWikipediaでは「侵攻してきた地上軍に対し短時間で面的制圧を行えるという性質」を持つと説明されているが、逆に地上軍の侵攻に先立って守備勢力を効果的に制圧し相手国の抵抗力を削ぐのにも役立つわけで、イラクなどでのアメリカ軍の使用例はその有用性を証明してきた。
もうひとつ問題なのは、ある種のクラスター爆弾の意味を無視していることだ。日本語のWikipediaではどういうわけかクラスター爆弾の種類についての記述がないが、英語版では八種に分類されている。焼夷弾、対人、対装甲車両、道路や飛行場の滑走路などの破壊、地雷敷設、化学兵器、対電子、そしてプロパガンダ文書などの散布の八つである。筆頭に上げられた焼夷弾の説明の最後に使用例として挙げられているのは、東京大空襲である。日本の特異性を言うなら、人口が極めて稠密な日本の都市にクラスター爆弾が使われたらどうなるのかをまず考えるべきだ。
それに対する答えが、仮に日本(およびいくつかの例外国)だけが特別な事情ゆえにクラスター爆弾が許されるべきというのであればまさに噴飯ものだ。極端なことを言えば、日本だけが戦力をもち、日本以外の国が戦力を持たないということになればこれほど安全なことはないが、そんな虫の良すぎる話が通るならとっくの昔に戦争などなくなってしまっている。
もっとも空幕長は日本国民がクラスター爆弾によって傷つけられることを気にしていないようだし、防衛相が「守り抜く」対象には日本の一般市民は入っていないようでもある。それなら、日本に限らずクラスター爆弾は禁止されるべきではないのであろう。
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by tyogonou | 2007-05-26 00:59 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
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