松岡農水相自殺
「国民の皆様、後援会の皆様、私自身の不明不徳の致すところで誠にご迷惑をかけ申し訳ない。お詫び申し上げます。後のことはよろしくお願いします」
「自らは説明責任を果たそうとせず、多くの疑惑が究明されないまま残った。」という批判はもっともなことだが、言い訳することなく全てを引き受けて去っていくというのは松岡氏の年代の美意識には適っているのではないだろうか。記者会見で言葉が出てこなかったこともあったとはいえ、最後まで取り乱すことなく従容として死へと赴いたことも然り。
そこを理解されるのは故人にとってせめてもの慰めになろうかと思う。

ただし・・・
それをひとつの美学を全うしたとして称賛するのは間違っている。それは強靭な自己コントロールによるものというよりも、乗り越えられるべき命の重さが失われたがゆえに可能となったと見るべきであると思う。そしてそれは松岡氏にのみ当てはまる特殊な事情ではない。
松岡氏の死をどう扱っていいか、与野党、各メディアとも今ひとつ判断に迷っているように思える。日本を自殺大国たらしめているこの命の軽さに対する漠とした不安が皆の心の底に澱んでいて、迂闊なことを言えばそれが見ないふりできないほどに私たちの心を覆ってしまうことを恐れるが故のためらいがそこにあるように私には思われる。
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by tyogonou | 2007-05-30 00:15 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
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