過去に眼を閉ざす者は・・・
辞任、発言撤回の必要ない 防衛相、「誤解」強調 | エキサイトニュース
「今更ああすればよかった、こうすればよかったと言ってみてもしょうがないという意味だった」
つまり「やったものがち」と言いたかったわけだ。すばらしい。
広島長崎への原爆投下に意味があるとするならば、核爆弾が威力の大きい便利な兵器としか認識されず、全面核戦争が引き起こされる前に、あのきのこ雲の下にどのような地獄が立ち現れるのかを明らかにしたことだろう。それを実際に使用された被害者の証言があるからこそ、核は特別な兵器になった。(逆に脅迫の手段としての核の価値が上がったとも言えるが。)
これから先、同じ悲劇(というより、おそらくははるかに恐ろしい悲劇)が繰り返されないために、私たち日本人はヒロシマ・ナガサキを訴え続けていかなければならない。「過去のこと」にしてはいけない、「しょうがない」で済ませてはいけないのだ。

亡くなった宮沢喜一元首相はこう発言している
 「日本は世界に核兵器廃絶を訴えることに力を入れているか」と問われれば、「ノー」だろう。米国の核の傘に守られている現実を考えれば、できることは限られる。核兵器廃絶を願う広島、長崎の両市と国の対応は、必ずしもかみ合っていないし、国民の間で原爆の被害に対する理解が急速に薄れつつあるのも心配だ。
 しかし、世界的には日本の主張は力を持っている。対米国、対英国という外交の舞台ではともかく、対米国人、対英国人という人間同士のぶつかり合いの中で、日本人が「核はだめだ」と訴える時、説得力は絶大だ。
(中略)
 理想論かもしれない。でも、何といっても核兵器で苦しんだ唯一の国なのですから。

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by tyogonou | 2007-07-01 13:00 | 国内政治 | Trackback | Comments(1)
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Commented by ごんぞー at 2007-07-01 13:52 x
個人がどう思おうが知ったことではないが、公人が公の場で話せばどうなるか判らぬとは、久間はたわけ以外の何者でもない。火消しをもくろむ首相にも愛想が尽きた。参議院戦は負けるが良い!
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