民間人殺害についてのイスラムの見方
打つ手なく「期限切れ」 イラク日本人人質事件
アメリカ人の事件についてIslam Onlineのfatwa(宗教令)を下に訳しておく。
今回の日本人の人質事件にはおそらく(そして残念ながら)役に立たないだろうが、ザルカウィ・グループの活動を止めさせるには、イラク人のグループへの支援や共感を減らすようにしていくしかないだろうと思う。このファトワーもそうだが、まともな宗教者たちはみなザルカウィ・グループのような活動を禁じるはずだし、市民も自ら活動に身を投じたり、積極的な支援を行おうとする人は極めて少ないだろうと思う。問題は、「目をつぶる」程度の協力をする人々の気持ちを如何に変えるか、ということだろう。「打つ手がない」という大きな理由は、このグループが完全に姿を消しているということだ。その周辺にはおそらく積極的に協力する気はないが、かといって憎い米軍や暫定政府に協力するつもりはなおさらない、という人々がいるのではないか。そういった人々の米軍への反感を和らげ、このファトワーで語られているようなイスラムの教えをもっと意識するようにさせることができたら、ザルカウィ・グループはイラクにとどまることが難しくなるのではないかと思う。





質問:
イスラムはイスラム教徒が民間人や戦争捕虜の首を切り落とすことを許しているのでしょうか? 毎日、私たちはイラク人がアメリカ人の人質の首を切り落としたというニュースを聞きます。ぜひお答えください。

回答:
慈悲遍き、慈悲深きアラーの御名において―

すべての賞賛と感謝はアラーに、そして彼の使徒に平和と祝福がありますように


質問してくださったあなたに、私たちに信頼を寄せてくださったことに感謝します。私たちがイスラム共同体に仕える最良の道をお示しくださるようアラーに熱心に祈っています。

このニュースへの判断をひとまずおいておくとして、私たちはなによりもまず、イスラムの教えがどんな相手に対しても痛みや屈辱をもたらすようないかなる手段に訴えることを許していないということを強調しておきたいのです。平然と殺すこともいけませんし、皆に見せるために羊のように殺すことなどもってのほかです!

イスラムの教えは、罪のない人々に対する攻撃を、それが生命に対するものであろうと、財産に対するものであろうと、名誉に対するものであろうと許してはいません。そしてこの法は宗教、人種、国籍等を問わず、全ての人に適用されます。

たとえ戦争時に報復するときでも、イスラム教徒はイスラム法に規定された制限事項を常に守り通さなければなりません。イスラム法はたとえ報復のためであってもイスラム教徒が相手側の女性や男性をレイプすることを許しません。

質問に答えるために高名なアザル学派(azharite)の学者シャイフ・アブドゥル-マジェード・スブー(Sheikh `Abdul-Majeed Subh)の言葉を参照してみましょう。

「最初に、個人であれグループであれ、誰かイスラム教徒がミスを犯したとき、それをイスラムの教えによるものとみなすような西欧人に広く見られる考え方についてコメントしておきたい。あるコミュニティにおける個人の振る舞いをそのコミュニティの一般的傾向として受け取るべきではないという意味でそれはアンフェアな姿勢である。キリスト教徒はナイジェリア南部一帯の村々を移住させたが、彼らがキリストの名においてそのようなことをしたとは言われない。

キリスト教は慈悲と愛を求めるが、それはイスラムも同じである。イスラムはイスラム教徒に彼らとともにいる全ての人間存在に対して慈悲深く親切であれと教えている。そこには捕虜の首を切り落とすことや、彼らに屈辱を与えるいかなる手段をも要求するような教えは含まれていない。まったく逆に、イスラムの教えはイスラム教徒に対して捕虜の人権を守ることを要求しているのだ。例えば全能のアラーはこう仰っている。『そして彼らはアラーの愛のために、貧しき者、孤児、そして捕虜を養った』(第76章『人間(アル・インサーン)』第8節)

イスラム教徒が捕らえた「捕虜」とは非イスラム教徒であることに注意を払っておくことは重要である。(訳者注:イスラム教徒同士では捕虜にすることが禁じられている、解放しなければならないということだろう)これはイスラムの教えが他者に対して寛容で慈悲深いことを示している。

初期のイスラム教徒は、バドルの戦いにおいて数多くのメッカの不信心者たちを捕虜にした。イスラム教徒は捕虜たちを丁重に扱い、そしてさらに、彼らにパンを与えたものだった。当時のパンはイスラム教徒が普段食べていたナツメヤシの実より効果であったにもかかわらず。

さらに、その当時は捕虜を閉じ込めておくための収容所もなかった。彼らはイスラム教徒の家庭に、預言者マホメットが(彼に平和と祝福のあらんことを!)彼らの処遇を決めるまで、預けられたのだった。実際、イスラムの歴史には、イスラム教徒たちが自分たちの宗教の教えに従って非イスラム教徒の捕虜を慈悲と敬意を持って扱った多くの例が見られる。

これまで述べたことから、私はイスラムとその法の名において、捕虜の首を切り落としたり、どんなやりかたにせよ屈辱を与えたりすることを禁止する。私はアメリカの民間人の首を切り落としたことに関係したイラクの個人の反応を正当化しない。もしそれが疑いの余地なく立証されるのなら、彼らは完全に間違っている。しかし私は、彼らがおこなったとされていることより悪いのは、イラクでアメリカ人たちがしてきた(そして現在もしている)ことである、ということも付け加えておきたい。

そのことについて語るために、私はまず、イラク人の活動は、アメリカの占領軍がイラクの人々に対して一年以上もの間加えてきた抑圧への反応であろうということを確認しておきたい。イラクの個人をこのような反応に導いた動機を考えると、批判はアメリカ人たちの最初の行動に向けられるべきだ。私はアメリカ人によるイラク人の権利の侵害、特に悪名高いアブグレイブ刑務所のイラク人収容者の権利の侵害について語っているのだ。そういったイラク人たちは、悪は悪によって報いられ、先に手を出した方の悪がより大きな非難を浴びる、という言い回しに導かれたのかもしれない。

私は、西側のメディアがそのようなストーリーを(それが事実であるか否かに関係なく)イスラムのイメージをさらに貶めるために使うだろうという事実にイスラム教徒の注意を向けさせたい。それはもちろんアンフェアだが、彼らの判断を偏った基準に基づいて下すのが彼らの常だ。それはイラクで続いている戦争がよりどころにしているでたらめと不正への頑なな忠誠の一部なのだ。」

さらに、傑出したイスラム法学者であり高名なダーイ(布教活動家 Da`i)でもある、シャイフ・アブデル・カーリック・ハサン・アシュ‐シャリーフ(Sheikh `Abdel Khaliq Hasan Ash-Shareef )は次のように述べています。

「私たちイスラム教徒は私たちの活動と反応の全てを、いかなるときにも、いかなる状況においても支配する信仰を持っています。私たちの全ての活動は全能のアラーが命じることにしたがって判断されます。私たちが現在おかれている文脈では、私たちは『互恵主義に基づくものを除き、どのような報復もあってはならず、アラーが定めた法によって行われるものを除いては、どのような刑罰もあってはならない』というイスラム法を頭に入れておかなければなりません。

イスラム教徒の軍勢に捕らえられた十字軍の兵士たちは、イスラムの軍の指導者サラディンに提供された手厚い待遇に驚かされました。彼は、十字軍が捕虜にしたイスラム教徒たちを辱めていたという事実にもかかわらず、捕虜に良い待遇を与えました。サラディンは有名な言葉によって捕虜たちの驚きを解消して見せました。

彼ら(十字軍)は彼ら自身の道徳に導かれて残虐な行為を行った。そして我々(イスラム教徒)は我々の信仰が指示することを行うのだ!

イスラムでは、作法と道徳はイスラムの教義のまさに本質です。それゆえにイスラムは戦争捕虜に対する虐待や侮辱、罵倒を完全に禁じているのです。羊のように殺すなどもってのほかです!

私はここに、民間人の首を切り落とした者たちがイスラムの教えを犯したこと、そして確かに罪人であることを明確にしたいと思います。そのような行いはイスラム的な行いとしては絶対に正当化されませんし、むしろイスラムとその教えの完全な無視によって生じた行いというべきものです。

イスラムは、神によって明らかにされた信仰として、良い作法と親切な待遇とを全ての人々に要求し、そのような活動を禁止し、徹底的に糾弾するのです。これが本当のイスラムの法であり、そういった正反対の活動をしてきた人々とはなんの関係もないのです。

さらに、私は全てのイラク人が、どんな場所においても捕虜になる可能性のある外国の民間人を保護するべきだと主張しなければならない。そのような外国の民間人が怪我をしていてそのような運命に遭いかねないのに放置することは禁止されています。イラク人がアメリカや他の国の女性を報復のためにレイプすることも禁じられています。

イスラムの歴史全体を通じて、イスラム教徒は彼らが入り込んだ非イスラム教徒の土地において、良い待遇の最良の見本でした。これはアメリカ人たちがイラクで実際に行っていることの反対です。そして他者から加えられた無知で行き当たりばったりの行いに反応するのも真のイスラム教徒の姿ではありません。これは民間人の首を切り落としたイスラム教徒の言い訳や正当化として用いられては絶対にいけないのです。」
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by tyogonou | 2004-10-29 01:49 | 国際 | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from 動物のお医者さん日記 at 2004-10-29 08:31
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