お前もか!
禁断の果実を分け合うチンパンジー
この社会に存在している恋愛は、二つの気まぐれの交換と、二つの表皮の触れあいにすぎない。
by セバスチャン・シャンフォール

3人の男性がそれぞれこのパパイヤの贈り物をした。その前後の行動をみると、男性は、この発情中の女性とセックスできることが多かった。また、女性に毛づくろいをしたり、女性から毛づくろいをされたりすることも多かった。食物とセックスの交換といえるだろう。

パパイヤの実を取りにいこうとする直前、おとなの男性チンパンジーは毛を逆立てて、自分の体をぼりぼり掻く。これは不安の兆候である。だいたいいつもの4倍程度の頻度で掻いていた。つまり、人間のいる村の民家の軒先のパパイヤをとるので、かなり緊張していると考えられる。こうして、高いコストを払って手にいれた貴重な食物だから、ふつうに考えればそれを分かち与えるのは得策ではない。それをあえて分かち与えるという点から見ても、これは「贈り物」といえるだろう。

これまで、野生チンパンジーが狩猟をして、獲物のサルやイノシシやシカを、なかまとわかちあうことは知られていた。しかし、こうした肉の分配は知られていたが、植物のばあいはそうした分配はほとんどおこらない、と信じられてきた。また、肉の分配のばあいは、男性が狩猟して男性のあいだでわかちあう。そこに発情期の女性も加わる、というパターンだ。今回のパパイヤの贈り物のばあい、とても重要な違いは、肉のような男性から男性へのわかちあいはほとんどない、ということだ(58例中1回、つまり2年間で1回だった)。パパイヤの実は、男性から、日ごろ親しくしている発情期の女性への「贈り物」になっている。これは新しい文化の創造といえるだろう。人間とチンパンジーが共存するようになったことが一因だと考えられる。つまり、チンパンジーが「大きなパパイヤの実」という狩猟の獲物に匹敵する新たな食物資源を発見し、おとなの男女が、こうした「禁断の果実を分かち合う」というような新たな行動が生まれたのだろう。
身につまされるという人も少なくないかもしれない。
興味深いのは「大きなパパイヤの実」の持つ意味である。それはバレンタイン・デーのチョコレートのように、食べることによって得られる満腹感や味という使用目的とは別の社会的価値を持ったということで、単なる「セックスの対価」というレベルの話ではない。禁断の果実=知恵の実を分け合うチンパンジーとは言いえて妙である。
[PR]
by tyogonou | 2007-09-13 00:37 | 社会 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://fukureki.exblog.jp/tb/7435377
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 政権与党 すこしがっかり >>