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時太山事件
時津風親方、廃業避けられず…「かわいがり」過ぎツケ | エキサイトニュース
以前、この疑惑が始めて報じられた時、このブログで私は慎重に対応すべきだと書いたのだが、傷害致死事件ということになった。大変残念なことだ。
メディアは激しい論調で非難しているようだが、相撲というものの特異性は一応考慮に入れておくべきだと思う。

格闘技の科学的、物理的研究で有名な吉福康郎氏はかつて、最強の格闘技は何かという質問に対して「力士(相撲ではなく)」と答えていた。相撲という競技の技術体系よりも、大きく重い体でありながら極めて俊敏な動きが可能であり、また強烈な打撃にも関節技にも耐えうる力士の強靭な肉体こそが「最強」だというのが結論だった。
体重200kgを超えようという巨漢が時に真っ向から頭突きをかまし、ゴツンという音がホール全体に響き渡るような格闘技は他にないし、体重制もなく、小錦対舞の海のように200kgも体重差のある取り組みが平気で行われるのも相撲だけである。ビール瓶で殴ることなどより、前世紀の小錦の付きを喰らう方が余程危険だろう。小錦ほどではないが、やはり巨漢だった武蔵山など、現役時代垂直飛びで70cmを跳んだという足腰のバネをもっていて、それが1mにも満たない至近距離から突っ込んでくるのだ。その衝撃にびくともしない力士の体を作り上げるのは尋常なことではない。若貴兄弟が入門してから一旦軽量級のプロレスラーのように絞られた体になったのを覚えている人もいるだろうが、まさに換骨奪胎の作業を経てはじめて「力士」の体というものが完成する。
そういう厳しさを前提で考えると、今回の暴行の酷さというものを一般人の感覚で非難しているようにみえるメディアの論調は少し疑問に思う。(警察の方でも、一応多発外傷によるショック死という推定で動いているようだが、まだ死因の特定ができず組織検査の結果待ちという状況である。)ビール瓶による切り傷、タバコによる火傷、そのた擦り傷などは表面的な負傷であって、それのみで健康な人間の生命を奪うような深刻なものではないし、(ここが重要だと思うのだが)力士生命を縮めるようなものでもない。

私の意見をまとめると、「かわいがった」こと自体はやむをえないことだった、少なくとも角界の伝統的なしごきの範囲を超えていたかもしれないが決定的に逸脱したとまではいえないものだった、と思う。少なくとも、ことは程度の問題という側面が大きいのだが(ぶつかり稽古を30分やったなどという非難がまさにそうだ)、正常な指導と異常な暴力とを区別する合理的な境界線というものを提示することは相当に難しいことだと思う。いまや新弟子が股割りで腿の筋肉を切断して病院に運ばれるなんてはなしは珍しくもないが、これだって傷害罪にあたらないかといえばかなり怪しいところだ。
ただし、通常いるはずの『誉め役』がいなかったということなどは指導の意図の薄さを意味していて批判されるべきである。
また、かわいがる際の状況の判断が拙かったということも言える。これも、張り手を喰らって脳震盪のような分かりやすい状況と違って、制裁を加える時の加減も倒れた後の容態についての判断も難しいところがあるとは思うが、変事が起こらないように注意が払われていた痕跡がないのは非難に値することだと思う。

この問題でどうしても許せないのは、死亡した後の対応だ。事件を隠蔽する意図しかうかがうことの出来ない対応には非常な怒りを覚える。
もし親方が、きちんと弟子の遺体に付き添って家族の元に送り届け、警察にも家族にも起きたことをきちんと話し、その上で、傷つけることが目的ではなく、厳しい世界で勝ち残れる立派な力士に育て上げたかったのだということを伝え、それが適わないばかりか生命さえ奪ってしまったことへの悔悟の念を現し、謝罪し許しを乞うていたなら、上記に挙げたような相撲の厳しく荒々しい一面も、尊敬されずとも理解されえたかもしれない。しかし、師匠会へ向かう時の記者への対応など、人の生命が不当にも奪われたという事実の認識すら欠けているようで、指導者以前に人間として問題があると断ぜざるを得ない。

問題は、時津風親方だけでなく、北の湖理事長をはじめ相撲界全体が自分達の体面を保つことしか考えていないように見えることだ。朝青龍の問題の時にもそう感じたが、相撲協会は大掛かりな改革が必要である。部屋という制度、競技や稽古の体系、師匠と弟子の関係などひっくるめた大相撲というものの構造に、単純に近代的合理性を適用することは困難であるし、また害も多いと思われるが、一般社会との齟齬もある程度埋めなければもはやどうにもならないところにある。それは相撲の世界で生きてきた親方たちだけでは解決できる問題ではなく、外部の声も積極的に集めるべきだ。
by tyogonou | 2007-09-28 23:52 | スポーツ
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