福田語
“福田語”を専門家2人が徹底分析 「心に響かない」が「安倍前首相より上」(産経新聞) - Yahoo!ニュース
「非常にフォーマルで、聞き手との距離が離れたままだ。話の内容も抽象的で印象が薄く、記憶に残らない」
「これまで国会での所信表明演説や答弁は慎重で危なげなかったが、総じて抑揚がなく、心に響かない」
専門家のこれらの分析は納得のいくものであるが、それに対する次のような処方箋ははたして正しいのか疑問に思う。
首相の言葉をめぐる今後の課題について、東氏は「相手と一体感がもてる話し方を心がけ、強調すべきところは同じ言葉でも繰り返すべきだ」という。福田氏は「例えば『どう思いますか』という言葉で聴衆を巻き込むよう呼びかけてみることが必要だ。一本調子ではなく変化をつけ、間をしっかり取ってアイコンタクトを意識してほしい」と注文をつけた。
安倍前首相が記者とカメラとどちらに視線を合わせるか苦労していたのを思い出す。安倍氏の失敗は小泉氏のパフォーマンスの威力に煽られて柄にもないことをしようとしたところにあったと思う。
その点、福田首相は官房長官時代よりも首相になってからの方がかえって自然体になったような感じで、福田首相にとってはベストではないかと思う。言葉についての福田首相と小泉氏の比較はそのまま内藤大助選手と亀田家の人々との違いにも当てはまるが、内藤選手が亀田家の人々のように話すのは決して望ましいことではあるまい。(もっとも私はマスコミにとっては内藤選手の純朴な言葉と態度は困りものではないのかと睨んでいるが)
福田首相は、自民党総裁選の後半あたりから、あたりが柔らかくなった印象がある。実際、いつも硬く結ばれていた口元も柔らかくなったのだが、総裁選での優勢に口元がほころんでいるというようなものではなく、官房長官などを努めている時には自分個人の考えや感情を軽々しく口に出さないように神経を使っていたのが、そういった気を遣わなくてもよくなって自然に振舞えるようになったということであるように私には感じられた。あれは官邸の庭を夫人と散歩したのだったか、プライベートなショットを提供した時も、自意識のない自然な振舞い方に、首相の重責にあってこういった態度が取れる人であれば、意外に長く官邸に住み続けることになるかもしれないと感じた。
官房長官時代に顕著だった、フォーマルな、時に人を見下したような冷たい口調は今でもないわけではないが、誠実な感じといっては言いすぎだが、すくなくとも実感のこもる語り口になった。この辺は古いタイプの政治家にはない特徴で、やたら大きなことをいうタイプ(小泉氏や田中真紀子氏など)や理屈に走るタイプ(小沢一郎氏など)と比較すると、意外に従来にはない新しさがあるように思う。確かに熱狂的な支持を呼ぶことはないだろうが、慎重な理解を得ることのできる語り口ではないだろうか。
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by tyogonou | 2007-10-21 00:51 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
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