誤訳? 裁定書原文 その2
Jリーグの誤訳問題に関してKnock様よりSportsNaviの記事を御紹介いただきました。
ありがとうございました。
記事を参照しつつ改めてこの問題を検討したいと思います。

我那覇和樹、ピッチ外の勝利と終わらない戦い(1/2)
~ドーピング禁止規定違反をめぐる問題~


スポーツナビの記事で引用されている might be minded についての弁護士の説明を読んだが、まだ私には理解できない。
mindという言葉の用法の中で、mind ~ingという言い方と、mind to ~という言い方と、二つある。
mind ~ingという言い方、would you mind opening the window? というのは、『空けることにためらいはないですか?』という訳。これはJに近いですね。
mind という動詞は ing しかとらないはずだ。この説明だと、"Would you mind to open the widnow?" で「窓を開けたいですか?」と言えることになるが、そんな表現は聴いたことがない。また mind という動詞が「気にする、反対する」といった意味を持つのは疑問文、否定文、条件文の時だ。弁護士は辞書で minded という「形容詞」を調べるべきだった。
もちろん、重要なのはJリーグが mind をどう解釈したかだが、Jリーグの訳が mind を「ためらう・用心する」といった用法で捉えているようには私には思われないのだ。
正当な医療行為であったことを認容することについてはそういう意向になることもあるかもしれないところ
回りくどい表現ではあるが、簡潔に書けば「正統な医療行為だったと認めるかもしれない」ということで、「正統な医療行為だったと認めることにためらいがある(反対だ)」とは読みようがない。「そういう意向にならないこともあるかもしれない」というのであれば、そのような解釈も可能なのだが。
むしろ弁護側とJ側のニュアンスの違いを生み出しているのは might の捉え方で、J側が「~かもしれない」と緩やかな可能性と見ているのに対し、弁護側はより強く「できる」と can に近いニュアンスでとらえている。私としては、直前の46項で反対意見について触れていること、直後のJリーグが2007年規程を採用していなかった事実を指摘していることを考えると、J側の訳を採りたいが、どちらにしても本質的な違いはないと思う。
Jの訳が分かりにくいのは確かだが、やはり「誤訳」と言えるような問題があるとは思えない。


混乱を招いているひとつの原因は「正統な医療行為」という言葉が、所謂「ニンニク注射」というものが「正統な医療行為」か否かという一般的、医学的な文脈と、我那覇が当時おかれていた状況でそういった処置をすることが「正統な医療行為」であったかという具体的、手続き的な文脈の二通りで使われているということだ。

私は前回次のように書いた。
「仮に正統でなかったとしても、コードを採用していなかったのだから罰することは出来ない」というなら論理的にはすっきりするが、今ひとつ分かりにくい文章ではある。
裁定書全体(特に争点を示す43項)を読むと、これはどうやら間違いのようだ。
また、正当な医療行為についての判断は、当該患者を診察し、治療方法を処方し、治療方法を実施した特定の医師に委ねるべきであり、そうすることができるということが申し立てられた。代替的に、後藤医師による治療は、大西医師によって必要且つ適切であったと述べられた。我那覇側においては、「2007年WADA規程」においては当該判断は治療にあたる医師にとっての事柄であるということが、他のスポーツ関係機関及びアンチ・ドーピング機関によっても支持されているという見解が申し立てられた。
47. 当法廷としては、本件の独特の全ての事情の下で本件静脈内注入が「2007年WADA規程」の意味において我那覇選手にとって正当な医療行為であったことを認容することについてはそういう意向になることもあるかもしれないところ、当法廷としては、その時点においてJリーグは制裁に関係する「WADA規程」の関係条項を採択していなかったことを注記しておく。
単純にいえば、治療した医師が医学的に「正統な治療」だと判断すれば2007年WADA規程によって手続き的にも「正統な治療」だ認められるのだと我那覇側が主張したのに対し、CASはその論理を一応認めたものの、「2007年規程によれば」という前提が成り立たないことを指摘している。

上に引用した箇所では手続き的な意味においての「正統な医療行為」について語っているが、医学的な意味での正しさに関してはこの裁定書では判断を下していない。
本件手続は、2008年に本件事情が生じていたとすれば、国際的な基準によって規定された手続の下で、専門的な医療知識を有する、TUEについての申請を検討するというような審査パネルというような性質を有するものではないことを、当法廷は認識している。(43項)
46. 上述のとおり、治療にあたった医師の見解は、大きい重みを持ってはいるものの、この問題について決定的なものではない。また、その意見が大西医師のような別の医療専門家の支持を得ているということも決定的ではない。当法廷としては、青木医師及びレフォー医師によって反対の意見が表明されていることを注記しておく。2008年において申立に係る違反行為が生じていたとすれば、後藤医師及び我那覇選手は、当該治療の医学的な再評価を行うであろう独立の医療専門家機関からのTUEについての遡及的な承認を求めることを要求されていたことであろう。
2008年の規程の下で今回の事件が起こっていたなら、医療専門家の意見が割れているので、専門的な医療知識をもった人たちによる審査パネルが招集されて医学的に「正統な医療行為」であったか否か検討されたであろうが、この法廷はそういった判断を下す性格のものではないといっている。
だからこそ、医学的な意味での正統性については次のように述べられているのだ。
there was and still is, on the evidence divided medical views on the necessity for an intravenous infusion in the circumstances of this case.


Jリーグ側にもそんな混乱があって、それが立証責任を果たせなかった原因でもあったろうし、また現在のゴタゴタの原因でもあるように思う。
問題は、日本ではビタミンB1などを注射することが「ニンニク注射」というキャッチーな名前で一般にも認知されるほど普及していることだ。Jリーグが正統か否かの判断を希望したのは、そういった状況の中で疲労回復のために気軽にニンニク注射を打つようなことを認めていいのかどうかということではないか。少なくとも2007年の規程で正統だったか否かという問題は、それ以前の問題で我那覇の無罪が確定した以上、そして2007年暮れに規程が改定された以上、どうでもいいことだ(弁護側はそこにこだわりすぎだと思う)。
ただ、これからJの選手が国際大会でドーピング違反を認定されることが無いよう、ニンニク注射の使用についてのガイドラインをつくるためにも、CASの権威によってその位置づけが確定されればよかった、ということなのだろう。Jリーグも少しそのあたりを整理したほうがいい。そうすれば、川崎Fへの制裁金の問題に関するJ側の出鱈目な論理もすこしはすっきりとして、「返還する論拠」も見えてくるだろう。
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by tyogonou | 2008-06-01 10:28 | スポーツ | Trackback | Comments(2)
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Commented by Knock at 2008-06-01 12:05 x
不躾なコメントに対応していただきありがとうございました。
長いコメントができないようなので、
私は、CASとJリーグの立ち位置の違いを感じました。
ご指摘の通り、CASは45項において立証責任を唱えた上で、両論を併記し、共に立証が十分ではない、もしくは判断できないということですよね。
一方、Jリーグの幹部からは「疑わしくは罰する」との発言もあり、立証の不十分さを容認しているように思われます。

ルールの主旨に立ち戻れば、
禁止薬物以外でも静脈注射を禁止しているのは、禁止薬物の痕跡を薄めるために利用されることがあるからと、聞きます。(ですので、生理食塩水のみでも不可のようです)
ということで、48項に繋がっているように思います。(禁止薬物であれば、faultがなくてもダメです)
Jリーグ側と弁護側の対立と言うより、Jリーグ側に、CASの「意」をくみとろという気がないように思えてなりませんが、如何でしょうか?あくまでも、立場の違いでしょうがないことでしょうか。
長々と失礼いたしました。
Commented by tyogonou at 2008-06-01 23:34
返答遅れまして申し訳ありませんでした。
私はJリーグ側がこの問題についてきちんと考えを整理していないことが一番問題だと思います。
立証責任に関していえば、わざと充分な立証を行わずCASの判断にあいまいさを残させ、それを自分達の都合のいいように解釈するようなことがあってはならないわけで、「正当な医療行為とは断定していない」という理由で制裁金を返還しないというのは許されることではないと思います。
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