加藤氏発言について
加藤氏「拉致被害者を北朝鮮に返すべきだった」発言 家族会・救う会が抗議声明(産経新聞) - Yahoo!ニュース
■不見識きわまりない加藤紘一氏の発言に抗議する
少なくとも加藤氏は拉致被害者達を北朝鮮に永住させるべきだなどといっているわけではない。「何度も何度も交流」する理由は、最終的に拉致被害者全員の永久帰国を実現するためなのだろうし、その究極の目的を実現するための手段として論じたものが家族会のそれと異なるということはここまで激しい非難に晒されなければならないものなのか。
そもそも、一旦「約束したなら」それを守るべきだという加藤氏の主張はごく当たり前のことだ。もし、約束どおりに北朝鮮に返すことが許せないというなら、加藤氏ではなく、そのような約束をした人を責めるべきだ。もっと言えば、「一時」帰国という話が出た時に、一時的な帰国では受け入れられない、完全な帰国という条件で交渉をまとめてくれという要求を出すべきだった。
約束をしたなら守らなければならない。守れない約束はしてはならない。



あの段階でそういった条件で合意を形成することは相当な難題だっただろうが、正しい方法はそれしかない。仮に、帰国させてしまえばこっちのものだからということで、最初から約束を守るつもりがないのに一時帰国案に合意したなら、約束を守らなかったどころか嘘をついたということになってしまう。(加藤氏の話にもでてきたが、実際にはそういうことではなかったようだが、それを第三者が信じてくれるかどうかはまた別だ。)帰国後に態度を変えるとしても、最低限、とりあえずは期間の延長から永住を見据えて北朝鮮側と交渉してから決定すべきであって、一方的に拒否するというような真似をすべきではなかった。
家族会、救う会や加藤氏の批判者達は北朝鮮だけを見て返さなかったことを正当化しているが、日本の外交全体を見れば、ああいった行動はとても正当化できない。
日本とそれほど友好的でない国と、あるいは友好的であっても利害が激しく衝突するシビアな問題について交渉する時、たとえ合意に達しても日本はそれを一方的に破棄するかもしれないと思われてしまえば、交渉は非常に難しくなる。いくら「拉致は犯罪だからああいったことをしたのであって、貴国とのこの問題でそういったことはしません」と主張しても、相手方が表面上はそれを受け入れたとしても、おじゃんになるリスクを許容できる範囲の条件しか提示してこなくなるだろう。
それは明らかに日本の国益を損なう。
加藤氏は「(戻していれば現状のようには)ならなかった。『また来てください』と何度も何度も(両国間を)交流していた。一回返すと平壌は殺してしまうんじゃないかと(言われたが)、そこが(安倍氏らとの)外交感覚の差だ。そんなことができるはずがない」と述べた。
 「家族会」と「救う会」の抗議声明では「5人が北朝鮮に戻されていれば『自分の意思で戻った』と言わされたあげく『拉致問題は解決済み』という北朝鮮の主張に利用されたであろうことは少しでも外交感覚のある人には明らかだ」と指摘。
これも加藤氏の方が正しい見方をしていると思う。
北朝鮮という国の行動は読み難く必ずしも合理的な行動をとるとは限らないけれども、一度存在を認め、一時的にせよ帰国させ、日本側に健康状態などを知られてしまえば、北朝鮮としてもめったなことを出来ようはずがない。
北朝鮮側は、拉致は一部の不心得者の仕業であるというストーリーでまとめたかったわけだが、傷つけることはもちろん、拉致被害者自身が北朝鮮への永住を希望し日本には帰りたくないと言っているなどと主張すること自体、そのストーリーを破綻させてしまう。最初に出したということを考えれば北朝鮮にとってはあまり重要ではないかもしれない5人の拉致被害者を敢えて永久帰国させないことで生じるリスクは、金正日自身が謝罪してまで守ろうとしたストーリーに見合うとは思えない。さらに、そういった理不尽な真似をすれば、アメリカをはじめとした国際社会からの制裁の理由になりかねないというリスクもある。仮にそういったリスクを全く恐れず、あるいは理解できずに愚かな行動をとるつもりでいたのなら、そもそも一時帰国など認めるだろうか。
北朝鮮とて金正日の単なる思い付きで拉致を認める方針が決まったわけではあるまい。それまでずっと拉致問題など存在しないということで通してきたわけで、それを変更するには拉致に関わった人々、拉致被害者らの持つ情報が日本やアメリカに知られたら困る人々、そして政権の上層部にいる人々など様々な方面から強硬な反発があったであろうことは想像に難くない。それにもかかわらず一時帰国の合意にまで至ったのは、拉致問題を解決しようと彼らを説得してまわった勢力があったと見るのが自然だ。
もちろん、彼らは人道主義に基づいてではなく損得勘定によって、拉致問題の解決が北朝鮮の国益に適うと考えたからそのように行動したのだろうが、逆に言えば、それだからこそ上記のリスクも理解できるだろうし、たとえ北朝鮮に返されていたとしても5人の安全を保障し、彼らの永久帰国を実現することが交渉において有効なカードであることも理解していただろう。そして、それまでの流れを見れば、彼らの発言力は金正日自身を動かすほどのものであったのだから、5人の殊遇についても彼らの意見が優先されただろうと見ることができる。
そういった勢力の発言力が5人を帰さなかったことで弱めてしまったであろうということも大きな問題だ。

家族会は日本政府の努力というものを全く信用していないように見える。これは政府、あるいは政治家側にも問題があって、北朝鮮に戻したくないという話が出た時に、「たとえ北朝鮮に戻しても、日本政府はどんな手段をつかってでも彼らを帰国させるしその日まで彼らの身を守る」と、家族らの不安に答えるべきだった。今の福田首相などは特に、本人たちの安全さえ確保すれば、家族らの安心感など考える必要はないというような考え方をしている節があるようで、家族会からの反発を買ったとも聞く。
それはともかく、家族会側の批判は5人を戻したらその時点で何もかもが終わりになるという前提に立っている。一方で加藤氏は、その後も全容解明と5人を含めた被害者全員の帰国に向けて日本政府が外交努力を続けることを当然と見ているし、またそれが成果を挙げえただろうという信頼も抱いている。そしてその信頼には青天の霹靂であった小泉首相の訪朝から始まって一時帰国に至るまでの実績という裏づけもある。
あるいは加藤氏が甘いのかもしれない、間違っているかもしれないとしよう。日本政府は北朝鮮の横暴に全く太刀打ちできず、北朝鮮に戻った5人を守ることなど出来ないとしよう。では、消息がはっきりしている5人の身も守れない政府は、北朝鮮側が拉致を認めてもいない消息不明の拉致被害者たちを救い出すことができるだろうか? そこが信用できないのなら、日本政府がこれ以上この問題を進展させることは期待できないだろう。それなら、残りの拉致被害者たちをどうやって救い出すというのか。5人を帰さないと決めたとき、家族会やその意を汲んだ安倍氏らの頭の中にあったその後の救出プランはどういったものだったのか。

もし今、安倍氏らのプランにしたがって拉致問題が解決に向かって進展しているのなら、あるいは5人の永久帰国のみで満足だというなら、加藤氏の発言はその流れに水を差し、家族の感情を傷つけるだけの愚かな発言だったといえよう。しかし、問題がこう着状態にあって解決への糸口が見つからない時、今まで考えてもみなかった選択肢を検討したり、過去の選択を省みたりすることは、「いかにして」問題を解決するかということを考えるならむしろ誠実な態度ではないだろうか。
最終的に責任を負うのは当事者たる拉致被害者や家族なのだから、彼らが加藤氏の方法論を採りたくないというならそれでかまわないと思うが、それがどのようにして解決に結びつくのか検討することもなくただ圧力をかけろと繰り返すばかりでは、手段が目的と化してしまっているのではないかと疑問に思う。
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by tyogonou | 2008-07-13 23:58 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
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