白紙
タモリ 弔辞は白紙だった?赤塚さん告別式 | エキサイトニュースタモリの手には白紙…あふれる感謝そのままに
弔辞の中で「『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません」と読んだタモリ。
紙に書かなかったのは、(喋りが特異な人にはあることだが)あふれ出る思いに筆が追いつかないのと、直前まで推敲を続けたかったということではなかったかと思う。そして、何もない紙をわざわざ読む振りをしたのは・・・、そうしなければ感情を抑えきれなくなるからだろう。
あれをアドリブとか芸とか言うのは間違っていると思う。

文字に起こしたものを読んでみれば明らかだが全体の構成がしっかりしていて、感情をそのままだしたというより熟考の産物であるように思われる。また、弔辞としてはどちらかと言えば地味で、聴く人を笑わすでもなく、泣かすでもなく、(植木等の葬式での内田裕也の歌のように)絵になるわけでもなく、ワイドショー的には使いづらい弔辞だったといえなくもない。また、書いたものを読むのでないなら、顔を伏せて白紙を読む振りなどせず、(渥美清の葬式での浅岡ルリ子のように)遺影に語り掛けるようにすれば、TV的な「絵」にもなったはずだ。
そこをあえて常識的な内容と形式に抑えたのは、赤塚不二夫が「すごい常識的な人」であることを誰よりも理解していたし、それにもかかわらずその常識の枠を自在に飛び越えて見せた師への敬意を示すために一線を画したのではないかと思う。

それにしても、もはや押しも押されぬ大御所といっていいタモリが、単なるひとりの後輩として、なんと見事に先輩の名を高めてみせたことだろう。
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by tyogonou | 2008-08-10 23:20 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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