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謹賀新年
あけましておめでとうございます
皆様のご多幸をお祈りしています
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by tyogonou | 2011-01-01 20:39 | Trackback | Comments(0)
梨元さん死去

最後に「恐縮です」と言ってカメラを見つめる瞳の明るさが印象に残る。
治療のつらさや疲れ、死に対する恐怖といったネガティブな感情、あるいはそういったものと立ち向かうためのアグレッシブな感情などがあってもおかしくないのだが、不思議と柔らかく穏やかな明るさに満ちている。治療のきつさについては別の動画で語っていて、そういったネガティブなものの認識が無いはずはない。しかし、そこでの語り口などを聞いていても、愚痴るわけでもなければ肩を怒らせるわけでもなく、事実として受け入れているという印象を受ける。死を前にした達観というにはまだ元気が残っているように見えるし、これは梨元さんが今までの人生で培ってきたものの現れなのだろう。坊主頭も相俟って、有徳の僧の風格さえ漂っている。
芸能レポーターという職業柄、好悪様々な反応が出ているが、この動画を見ると梨元さんの濃密な人生を想わずにはいられない。

ご冥福を祈ります。
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by tyogonou | 2010-08-26 21:01 | Trackback | Comments(0)
フジTV番組で出演者また負傷 3人目、放送中止決定
フジTV番組で出演者また負傷 3人目、放送中止決定
バラエティー番組の関係者の危険に対する想像力の欠如について書いたのはもう三年も前になるが、状況は全く変わっていないようだ。
壮年男性二人が肋骨を折るというのは些細な怪我とはとてもいえないし、同じ競技で二人が怪我をしているわけだから、偶発的な事故ではなく構造的な問題と見るのが当然だ。それにもかかわらず、その収録回の放送中止のみという対応は軽く考えすぎだと思う。
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by tyogonou | 2010-08-19 19:34 | Trackback | Comments(0)
“第2のきみまろ”の声も出て息の長い芸人になりそうな ねづっち
“第2のきみまろ”の声も出て息の長い芸人になりそうな ねづっち(ゲンダイネット) - エキサイトニュース
ねづっちは、地味だが中高年に好感をもたれそうな顔をしているし、良く通って聞き取りやすい声をしている。「整いました」というのが印象に残るのも、発声がしっかりしているからだと思う。
そんなねづっちの人気は不思議ではないし喜ばしいことだが、第二のきみまろにはならないと思う。綾小路きみまろの強さは狭いが強烈なファン層をもつところにあるが、ねづっちはそういったタイプではない。
むしろ、簡単に真似できない芸、毒の無い顔と声という特徴が似ていたいっこく堂が連想される。どちらも高い技術の必要な芸をもっているが、それが目新しい間は受けるとしても、いつまでも飽きられずに求められるかどうかという点では厳しいかもしれない。
 視聴者の中にはあらかじめお題を教えていると疑う向きもあり、ネットに「台本がある」と書き込みされたが、関係者の誰もが即興と認めている。
問題は、現実に即興でやっていても、台本があればTVでは再現可能だというところだろう。現在視聴者が楽しんでいるのは、なぞかけそのものだけでなく、台本が無いことを知っている司会者などの驚きの反応も含めた全体の雰囲気ではないだろうか。のなぞかけの凄さが皆に認知され当たり前になった後、驚きのなくなったねづっちの芸に特にTVでの需要が残るのだろうか、という疑問はある。
なぞかけそのものについてもちょっと疑問がある。なぞかけはただ意味の異なる二つの言葉を結びつけるだけでは充分ではなく、おめでたい席ではめでたい言葉とつなげたり、あるいは社会や政治の風刺などを絡めるのも重要な技術だが(笑点の大喜利をおもいだすとよい)、ねづっちにはそれがあまり見られない。驚きが薄くなった後にはそういった要素も重要だと思うのだが。
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by tyogonou | 2010-07-29 21:06 | Trackback | Comments(0)
差異の政治? その3
怠けているうちに選挙になってしまった。
まとまったものを書こうと思っていたのだが、それぞれ単発の記事にしておけばよかったと少し後悔している。1,2からの脈絡は気にしないことにして、少し書いてみる。

旧自民党系の人たちが次々と小政党を作ったとき、ボードリヤール的な状況だなと思った。
民主党はダメ、かといって自民党では勝てそうに無い。しかたないから新党を作って自分達は彼らとは違うとアピールする。重要なのは何かを実現することよりも、ネガティブなイメージのついた既存の政党との差異を協調することにあるから、危機感を持つ人たちを出来る限り集めてひとつの正当にまとめることもしないし、たった5人の意見さえまとまりきらない政党が憲法改正などという大きすぎる目標を掲げたりする。
ボードリヤールの消費社会論は、狭い経済の問題に限定した分析ではないから当然といえるが、政治の世界の政策や政党も、商品同様「モノ」と化す傾向が顕著になってきているように思われる。即ち、政策や議論の争点が現実の対象を示すというよりむしろそれを追放し、ただ互いの差異を指し示すだけの意味内容の無い同語反復的なキャッチフレーズと化しているように思われる。
特に自民党系の人たちからの普天間基地問題に対する民主党の対応について「出来もしないことを約束した」というような非難を聞いた時、私はある疑問をもった。民主党が大風呂敷を広げすぎたという面は確かにあるのだが、政策そのものの是非や必要性を避けて実行可能性のみを問うような議論を聞いていると、必要で良い政策でも実現の難しい政策は、実際に政権運営の責任を負わずにすむ小政党のみが主張できるということになりはしないかと。
要望の多い託児所の拡充などはどうだろうか? 託児所を増やすには、ただ建物を建てていけばいいというわけではない。少子化対策に関する他の政策の効果も折りこみつつ、人材の育成などを含めた長期的な運営の見通しを立てるなど困難な課題をいくつもクリアした上で実現を保障しなければならない。そんな面倒なことをするより、子ども手当てのような「バラマキは許さない!」とシュプレヒコールを叫んでいた方がずっと楽だし、後で責任を問われることもなくてすむということになる。
結局、困難で重要な政治課題に関して、責任を言われる可能性のある大政党は、あいまいな政策や意味の無いスローガン、差異を強調するための攻撃に終始し、意味ある政策は小政党のみが掲げることになりかねない。小政党の「意味ある」政策とて、それを実現するというより、それを掲げることの出来ない大政党との差異を強調するための記号として用いられることになる。
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by tyogonou | 2010-07-12 07:30 | Trackback | Comments(0)
名前はコジマ!
ソフィア・コッポラに女児誕生!名前はコジマ!上流階級では一般的な名前コジマ(シネマトゥデイ) - Yahoo!ニュース
クローディアの娘の名前は、宇宙の調和と秩序を意味するギリシャ語のKOSMOSに由来し、ドイツ、ギリシャ、イタリア、イギリス上流階級では一般的な名前だとUSマガジンはコメントしている。
コジマといえば、19世紀後半のヨーロッパ音楽界で、クララ・シューマンと名声を二分したコジマ・ワーグナー(リストの娘でワーグナーの妻)の名前をすぐ思い出すから、アメリカの雑誌でも解説が必要だというのはちょっと意外な気がした。
欧米人の名前では「ナオミ」も日本人になじみのある名前だが、こちらは聖書にでてくる由緒ある名前。
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by tyogonou | 2010-06-28 19:43 | Trackback | Comments(0)
ショスタコーヴィッチ交響曲第6番
以前、エフゲニー・ムラヴィンスキーの名盤として83年録音のショスタコーヴィッチ交響曲第6番を挙げた。そのとき、入手が難しいと書いたのだが、どうやらその音源らしいものを youtube で見つけた。



比較のために別の演奏を。バーンスタインではタイプが違いすぎるが他によさそうなものもないので。



最後に、作曲者ショスタコーヴィッチ本人のリズム感、テンポ感を知るためにこちらの曲をどうぞ。


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by tyogonou | 2010-06-23 06:54 | Trackback | Comments(0)
差異の政治? その2
菅首相「草の根」アピール 「脱小沢」には言い回し慎重 :日本経済新聞
鳩山政権が誕生した時、私が注目していたのは、民主党が国民の様々な声や利益を政策として形作るための非公式の、制度化されていない「政治的な」仕組みをどうつくっていくのか、ということだった。
特定の狭い問題領域に関わっているだけなら「草の根」のままでいいのだが、全ての問題について多様な意見や利益に目を配りつつ政策を実現していかなければならない政権党には、頑丈な「幹」がひつようだからだ。もちろん、「草の根」政治家を見下しているわけではない。大企業などに比べて動かせる政治的資源の少ない市民や、排除されがちなマイノリティーの声をしっかりくみ上げる役割を果たすといういみで、民主主義にとっては重要だと評価できるし、どんな地位についても「根」を忘れないというのは大切なことでもある。どれほど太い幹を持った大樹も根腐りしてしまっては立っていられないものだ。
前回の選挙の争点は、「政権交代」だったが、これは単に自民党から民主党へ政権が移るかどうかという問題だけではなく、政権交代がある程度の頻度で起こりうるような枠組みが出来るかどうかという問題でもあった。言い換えれば、獲得議席数で自民党のそのときの政権の信任の度合いを測る選挙から、複数の政党から政権党を選択する選挙に変わるのかという問題であった。
歴史的な勝利を得て与党の座についた民主党にとって、米軍基地や子ども手当てやその他もろもろの政策を実行することも重要だが、同時に自分達が(もっといえば自民党以外のどんな党でも)政権を担当できるような「仕組み」を作ることもそれらに劣らず重要なはずだ。
鳩山政権は政権担当「能力」の低さを激しく攻撃された。その批判は的外れではないが、少し浅薄ではないかと思う。安倍内閣以降の自民党もそうだったように、政権を支える仕組みが無かったり上手く機能しなかったりすれば、誰が首相になろうと困難な政権運営を強いられるのはあたりまえだ。たとえ優れた「能力」があれば乗り越えられるとしても、長らく政権を担ってきた自民党の議員意外にそれを求めるのは少々酷であるかもしれない。地方公共団体の長であるとか、必要な能力を磨く機会は野党議員にも全く無いわけではないかもしれないが、核密約をめぐる嘘が長いことまかり通ってきたような状況では、情報や機会の差は相当に大きい。だからといって政権は自民党に任せておけばいいというわけにも当然いかない。
これはマニフェストについてもいえることで、それほど情報が閉ざされた中で野党にマニフェストを要求すること自体がナンセンスだったと思う。だからといって、それに乗っかって気前よすぎるマニフェストを公表した責任を民主党が免れていいということにはならないが。
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by tyogonou | 2010-06-12 21:05 | Trackback | Comments(0)
Nikolai Grohovski




見た目はヴァンダムに鼻や指を折られてボスの居場所を白状するチンピラだが、声はなかなかいい。深みがあってそれでいて濁りが無い。逆に言うとロシア臭さが薄くて、「黒い瞳」("Dark Eyes" "Ochi Chernye")などは、ややあっさりしすぎている感じもあるが、上の「ポーリュシュカ・ポーレ」などは素晴らしい出来だ。下の"Brooklet"(小川)は曲が面白い。
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by tyogonou | 2010-04-26 23:20 | Trackback | Comments(0)
のはなし にぶんのいち

のはなし にぶんのいち~キジの巻~ (宝島社文庫 C い 6-2)

伊集院 光 / 宝島社


伊集院光さんのエッセイ集。文章も面白いが冒頭の「謎の写真コレクション」に出てくる愛犬(ミニチュアダックスフント)が相当可愛い。犬好きは店頭で見かけたら是非ごらんあれ。
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by tyogonou | 2010-04-21 23:44 | Trackback | Comments(0)