カテゴリ:書( 9 )
周の徳は其れ至徳と謂うべきのみ
儒家の思想には、天下を滅亡させるほどの政見が四つある。(中略)また埋葬を手厚くし、長期間喪に服すべしとの主義を実行するに当たり、幾重にも外郭や内棺を作り、死者の衣服を数多く作り、死者のを送る行列の仰々しい様は、まるで家財を満載してよそに転居でもするようである。そして、三年の長きにわたって喪に服して泣き暮らし、(粗食と泣き疲れとで衰弱して)他人に助けられてやっと立ち上がり、杖にすがってようやく歩き、耳はおぼろに、眼はかすむといった始末である。これは天下を滅亡させるに充分な主張である。(『墨子』 浅野裕一 講談社学術文庫)
墨家の非難は故ないことではない。孔子自身も次のようなことを言っている。
予(宰我という弟子)の不仁なことよ。子どもは生まれると三年たってやっと父母の懐から離れる。あの三年の喪というのは(そこに由来し)世界中の誰もが行う喪である。予にしても、その父母から三年の愛を受けたであろうに。
一方で孔子が最も愛した弟子の顔回が死んだ時、弟子たちが立派な葬式を出そうと願い出たが許さず、それにもかかわらず立派な式をしたことで孔子が嘆いたという話もあるのだが、このあたりの事情や孔子の考え方は良く分からないところがある。弁護としては少々薄い。

西周の大陵墓 「殉葬の風習なし」研究責任者が講演
これはちょっと面白い。孔子自身は殉死については否定していない。
子路がいった、「桓公が公子の糾(きゅう)を殺した時、召忽(しょうこつ)は殉死しましたが管仲は死にませんでした。仁ではないでしょうね。」孔子は答えた。「桓公が諸侯を会合した時武力を用いなかったのは、管仲のおかげだ。(殉死をしなかったのは小さいことで)誰がその仁に及ぼうか。誰がその仁に及ぼうか。
この会話では殉死とは是非を問われるような問題としてあるのではなく、前提として無条件に受け入れられるものとしてある。殉死と殉葬は微妙に異なるのだが、今後の発掘によって周の徳は孔子が考えていたよりも先に至っていたということになるのかもしれない。
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by tyogonou | 2005-02-23 01:49 | | Trackback | Comments(0)
簡潔≠名文
昨年暮れになくなった日本棋院理事長の加藤正夫九段が12歳の時、後の師匠の木谷実の道場を初めて訪れた時のことを、木谷美春夫人が次のように書いている。
それから約一ヵ月後正夫少年は父上と道場へ訪ねてみえました。強い先輩大竹、春山、石榑といった人たちにいじめられたその夜、父上がお風呂に入れながらこのまま博多に帰ろうかと云われた時、皆はもう長い間道場で勉強して居るのだから強いのは当たり前だから僕もここで勉強したいとの正夫君の気持で即座に入門が決まりました。少年を一人平塚に残して父上は博多に帰られました。(『木谷道場入門2 布石と理論と実践』 加藤正夫 河出書房新社 昭和48年)
全く簡潔ではないという点で、悪文の見本といえなくもない。だが、私はこれを名文だと思う。確かに一文は長いが、流れによどみがなく、情景がスッと頭に浮かんでくる。それに、素朴でありながらなんとなく品があるのが不思議でもある。私自身もこういった文章を書いてみたい気もするが、論理をやかましく言われてきた身では実際にはなかなか書けそうにない。
日本の文化伝統を言うのであれば、「簡潔明瞭」な文体は必ずしも理想ではない、と思う。
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by tyogonou | 2005-02-03 23:28 | | Trackback | Comments(0)
其の鬼に非ずして・・・
子の曰わく、其の鬼に非(あら)ずしてこれを祭るは、諂(へつら)いなり。義を見て為(せ)ざるは、勇なきなり。
先生が言われた。自分の家の霊でもないのにまつるのはへつらいである。行うべきことを前にしながら行わないのは臆病である。
下の句は有名だが、上の句はあまり知られていないだろう。まるかぶりずしという言葉を見聞きするとこの句を思い出してしまう。クリスマスなどにはそれほど違和感がないのだが、なまじ和風なだけにしばらく前まで聞いたこともなかった風習をさも日本全体の伝統であるかのような調子で語られるといらだってしまう。
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by tyogonou | 2005-02-03 00:23 | | Trackback | Comments(0)
仁者壽
子曰、知者樂水、仁者樂山、知者動、仁者静、知者樂、仁者壽。
子の曰わく、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのちなが)し。
散文詩としての論語の中でも殊の外美しい一節だ。知者と仁者が対比されているが、両者は対立するのではなく相俟ってひとつの情景を形作る。最後、「楽しむ」に対置されるのが「安んず」などではなく「壽」というのも喜ばしい。
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by tyogonou | 2005-01-29 00:29 | | Trackback | Comments(0)
知らしむべからず
子曰、民可使由之、不可使知之。
子曰わく、民はこれによ由(よ)らしむべし。これを知らしむべからず。
論語の中で最も批判される、あるいは悪用される一文といっていいだろう。一般的な解釈は、市民は政府の政策に黙って従わせればいいのであって、その政策についていろいろ知らせたりしてはならないのだ、というものだろう。もちろん、これは民主主義社会には受け入れがたい考え方だし、時代を考慮に入れるとしても聖人君子たる孔子の発言としてはあまりにも傲慢な考え方であるとも言える。そこで現れたのが、「可、不可」を可能の意味に捉える解釈で、大衆を政策に従わせることはできるがその理由などを理解させることは難しい、というものだ。大衆社会というものを考えるとこれはそれなりに意味のある発言といえるかもしれない。もうひとつ、伊藤仁斎の読み方で、「不可」は通例通り禁止と読むが、「由、知」のニュアンスを異なったものとしてとらえるものもある。「政府は民にとって頼りになるものでなければならない、しかし、民に政府の功績を知らせてはならない、民に恩を着せてはいけない」ということだ。孔子は別のところで次のようなことも言っているので、こういう解釈も充分ありうると思う。
泰伯は其れ至徳と謂うべきのみ。三たび天下を以って譲る。民得て称することなし。
泰伯は至徳と言っていい。三度天下を譲ったが、いずれも人知れないやり方だったために民は称賛することができなかった。
いろいろな解釈ができるということだが、これで孔子を弁護しきれるわけでもないかもしれない。いずれにしろ、人々の知性を軽んじ、政府の説明責任を免除するという点では私たちにとってはやはり受け入れがたいからだ。
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by tyogonou | 2005-01-18 02:19 | | Trackback | Comments(0)
以って群すべく、以って怨むべし
子曰わく、小子、何ぞ夫(か)の詩を学ぶこと莫(な)きや。詩は以って興(お)こすべく、以って観るべく、以って群すべく、以って怨むべし。邇(ちか)くは父に事(つか)え、遠くは君に事え、多く鳥獣草木の名を識(し)る。
お前たち、なぜ詩を学ばないのだ。詩は教養の出発点としてふさわしいし、ものを見るときに役に立つし、人と仲良くなるにも役に立つし、怨み言をいう時にも関係を損ねないような言い方ができるようになる。近いところでは父親に、遠いところでは君主にお仕えするにも役立つ。そのうえ鳥獣草木の名前をたくさん覚えることができるのだよ。
「以って興すべく」のニュアンス、特に何を「興す」のかという点については良く分からないところがある。しかしこの句の直後に、「周南、召南の詩を知らなければ、塀に向かって立つようなものだ」というような句があり、その心は「何も見えないし、進むこともできない」ということであるというから、教養の出発点と解釈してもいいだろう。
論語を読んでいると、詩を学ぶことを勧めるのに「動植物の名前を多く知ることができる」という理由を挙げるのはいかにも孔子らしいところだと思う。一般に儒者のイメージとはもっと堅苦しく偉ぶったことを言いそうだが。
面白いのは「以って群すべく、以って怨むべし」というところだ。「以って群すべし」は「香炉峰の雪は」というやり取りを思い出させて納得がいくのだが、「詩を以って怨むべし」というのは気のつかないところだ。誰かに何かネガティブなことを言う時、あるいは感情的になった時、それをどう言うか、どう表現するか、というところまではなかなか気が回らない。しかしそういうときにこそ教養が必要だということを当たり前のこととして言えるあたりが孔子の行き届いたところだと思う。
(後漢の有名な学者)鄭玄の家では下女にいたるまで、みな毛詩(詩経)に通ぜぬものはなく、ある下女が、かれの言いつけにそむいたことがあって、かれは庭先でひざまずいているように命じた。これを見たほかの下女が、「なんすれぞ泥中においてする」と『詩経』の文句でからかった。すると、かの女は言下に「いささか言(われ)、往きて愬(うった)えしが、かれの怒に逢えり」と同じく『詩経』の文句でやり返した。かくのごとく、風流たぐいなかったのである。(『三国演義』第22回)

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by tyogonou | 2005-01-11 01:00 | | Trackback | Comments(0)
直(なお)きこと其の中(うち)に在り
吾が党の直(なお)き者は是れに異なり。父は子の為めに隠し、子は父の為めに隠す。直きこと其の中(うち)に在り。
ある役人が「自分の村には正直者がいて父親が羊を盗んだのを知らせてきた」と自慢したのに対して、孔子は上のように答えた。「私の村の正直者はそれとは異なります。父親は親のために隠し、子は父親のために隠します。正直さとは自然な人情の中に自ずから備わっているものなのです。」
儒教といえば、「礼」のような外からの枠によって人間を締め付けるようなイメージがする。その点でこのエピソードは注目に値する。孔子は人間の内側から出てくる自然で素朴な感情を尊んでいた。もちろんそれは出発点であって、そこにとどまっていてはいけないのだが、そこから離れることは決してない、というのが孔子だったのではないかと思う。
父親の不正という状況では、不正を暴くことを正義とする考え方の方が優勢だろうし、それを論破するのは難しいと思う。そこで「直きこと其の中に在り」と言い切るは清清しい。
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by tyogonou | 2005-01-08 02:14 | | Trackback | Comments(0)
子罕言利與命與仁
論語は簡潔さはしばしば解釈を難しくする。
子罕言利與命與仁
子、罕(まれ)に利を言う、命と仁と。
子、罕(まれ)に利を言う。命と與(とも)にし、仁と與(とも)にす。
普通に読めば、孔子は利益と運命と仁についてはまれにしか言わなかったという意味なのだが、問題は、利益について言うことがまれだったというのはいいとしても、仁は論語の中でも主要なテーマであり、それをまれに言ったというのはおかしいということだ。そこで、「利益を言う時には運命や仁と関連付けて言った」という解釈が生まれてきた。だが、私は普通の読み方でいいのだと思う。孔子は自分の三人の弟子について評価を求められ、次のように答えたという。
孟武伯問う、子路、仁なりや。子曰わく、知らざるなり。又た問う。子の曰わく、由や、千乗の国、其の賦を治めしむべし、其の仁を知らざるなり。求や如何。子曰わく、求や、千室の邑、百乗の家、これが宰たらしむべし、其の仁を知らざるなり。赤や如何。子曰わく、赤や、束帯して朝に立ち、賓客と言わしむべし、其の仁を知らざるなり。
それぞれ、政治家、役人として有用な人物である。しかし皆仁であるかどうかは分からない、というのが大意だ。「まれに利を言う」とはこういうことだと思う。理想としての仁については言葉を尽くして語るが、周囲の人間やその行為を指して「仁である」とは軽々しく言わなかったということだ。そう考えれば利益と運命と仁を並列に扱うことも、それほどおかしなことではない。孔子は実生活上で、「金になる」かどうかを問題にすることや、「運命だ」といってあきらめたりすることや、「仁者だ」といって誰かを手放しでほめるようなことはめったになかった。私はそう解釈している。
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by tyogonou | 2005-01-04 23:31 | | Trackback | Comments(0)
剛毅木訥
ネタがないので論語についてでも書いていこうかと思う。
(論語の)散文詩としてのリズムの美しさは、他の中国古代の書に冠絶する。中国音に慣れない人人には隔靴掻痒を逃れまいが、訓読によっても、それに接すること完全に困難でない。それほどそのリズムは美しい。(「論語について」 吉川幸次郎 講談社学術文庫)
私も訓読によってしか論語に接することはできない人間だが、それでも論語を美しいと思う。もっともそれは「面白い」ということではない。例えば老荘のような壮大な趣も、菜根譚のような味わい深さも、論語にはない。しかし、そういった書の後に論語を読み返してみると、その簡潔平易な文には捨てることのできない「何か」が確かに存在する。読むものを圧倒するような魅力があるというわけではない。普通のことを極めて普通に書いているだけだ。しかしそれはなぜか美しい。「剛毅木訥、仁に近し」とはまさにこういうことをいうのかと思う。
その美しさは小林秀雄が徒然草に見出した美しさと似ている。違いがあるとすれば、小林秀雄が価値を置いた美とは「抑制の美」であるが、論語の美とは抑制のない(あるいは薄い)「素の美」であると私は思う。
ひょっとしたら話は逆、なのかも知れない。現代に生きる私が論語に美を見出すというより、私が学んできた日本語の美感の根底には論語があるということだ。私が論語をきちんと読んだのはある程度の年齢になってからだが、それまでに読んだ本の中に(そのなかには中国の歴史物だったり西遊記だったりといったものも含まれているが)論語から続く流れのようなものを見出し、なにか懐かしい感じがしたものだった。
それからもうひとつ。吉川幸次郎が「散文詩」と評しているように、論語の美しさはそのロジックの欠如と密接に結びついていると思う。論語にはロジックがない。仁は論語の主要なテーマであるが、様々な論証を経て「仁とはこういうものだ」という結論が導き出されるわけではない。剛毅木訥、すなわち真っ正直で勇敢で質実で寡黙なのは仁に「近い」といったように、仁という言葉の内包を大雑把に例示するだけである。そしてそのロジックの欠如を美しさで代用しているのが論語の特徴ではないかと思うし、その特徴はまた日本語にも影響を与えているのではないかとも思う。
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by tyogonou | 2005-01-04 01:38 | | Trackback | Comments(0)