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些細なことだけど・・・
いや、些細なことだからこそ余計に腹がたつということもある。
米国人が捨てた酒瓶に反占領アート
逆に考えると、もしアメリカ軍が瓶を黒い袋で包んで捨てるような配慮を徹底できれば、
イラク国民の深いところで信頼感を呼び起こすことができるのだろうに。

バクダッド陥落直後、博物館が略奪されるという事件もあったけれど、
こういった人がいるということは、イラクの文化は思っていたより豊かであるのかもしれない。
隣国イランが映画などの分野で輝く才能を生み出したように、
将来イラクにも大輪の花が咲くのだろうか。
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by tyogonou | 2004-09-27 22:01 | 国際 | Trackback | Comments(0)
立つ鳥後を濁す
Excite エキサイト : スポーツニュース

『プロ野球は無責任社会』 たとえばこんな風に?
根来コミッショナー、ストほったらかし

根来コミッショナーは法曹界出身であるために論理的に動くのが好きで、球界のように「感情で動く社会」はお嫌いだということのようだが、
「明日の実行委員会で辞めてやろうという気持ち。遠くない時期にこういう社会とはおさらばしたい」
このコメントは感情的ではないんでしょうかね?やるべき仕事が終わったなどというのであれば論理的だと思うけれど。

選手会とNPBの橋渡し役がいない--根来コミッショナーに聞く
あの騒動の中でコミッショナーに期待されていたことは「選手会とNPBの橋渡し役になること」であったと思うのだが、コミッショナーは中立公正でなければならないからなにも口を出さないという理屈はどう考えても良く分からない。激しく対立する意見を調整できるのは公正中立な第三者であるはずだ。

このインタビューでは「言いたいことはいっぱいある。立場上言えないだけ。やめたら言いますよ。」と言い、そのとおりにしている訳だが、批判は話し合いの最中でするべきだ。それが感情論ではない、論理的で筋の通った批判であるなら、それについて検討を加えることは問題点の改善につながるからだ。それをせずに最後っ屁のような捨て台詞をはいて辞めていくのは見苦しいし-そういった感情論を抜きにしても-球界の発展のためには何の役にも立たない。

正直、これなら渡辺恒雄氏の方がましなようなものだ。彼は、自球団の利益に(極端に)偏っていたかもしれないが少なくとも球界のことを考えてはいた。そしてファンや選手のことをほとんど考えなかったとしても、何かしらを「した」わけだから。
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by tyogonou | 2004-09-26 23:22 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
帰宅してからでも
<反日分子>抗議ファックスに調査

とりあえず、勤務時間中の送信については教員側に非があるのは間違いない。
授業中の私語や、成人式で騒ぐ若者たちと同様、
思想信条の自由や言論の自由の問題ではない。
むしろそういった自由を守るためにこそ言動に気をつけるべきだと思う。

それから、これは過去の発言であるが
「反日的分子のために数十億円もの血税を用いることに」云々については
自衛隊イラク派遣時の小泉首相の記者会見を思い出すべきだ。
「日本としてできるだけのことを支援すると。そういうことによって、多くの外交官も、あるいはNGOで活躍している一市民も、そして自衛隊の諸君の活動も、イラク国民から評価されれば、一番恩恵を受けるのは日本の国民だと私は思っております。」
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by tyogonou | 2004-09-26 00:11 | 社会
愛子さま
愛子さま映像公開

愛子さまには興味は無いが、ひとつだけ要望がある。
愛子さまに箸の使い方を教えている映像が公開されて欲しいということだ。
こどもが箸を使えない理由が「そもそも親が使えてない」だったりする世の中を
それがささやかでも変えるなら愛子様と騒ぐのも悪くないかな・・・と。

おまけ:リトミックといえばこちら
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by tyogonou | 2004-09-25 14:12 | 社会
乳がん
飲酒で乳がんリスク上昇
毎日魚食べれば乳がん減る

酒を飲むときは魚を肴にすれば、行って来いでOKってことか?
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by tyogonou | 2004-09-24 19:06 | 科学
Against Koism
小泉首相
「イラクは過去に大量破壊兵器を使い、国連決議に反していないと証明しなかった。(イラク戦争支持の)日本の判断は正しかった」

1.「過去に」大量破壊兵器を使ったということが「現在の」戦争の理由になるのか。

2.なにかが(たとえば大量破壊兵器が)「ある」ことを証明するのは比較的容易だが、「ない」ということを証明することは困難である。

3.他者を犯罪を犯したと訴える側にその事実を証明する責任がある。訴えられた側に自らの無実を証明する責任は無く、相手の論証に合理的な疑いの余地があることを指摘さえすればよい。そして "Innocent until proven guilty"(有罪が証明されるまでは無罪)。
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by tyogonou | 2004-09-22 01:11 | 国内政治
遺族感情
宅間守死刑囚に死刑が執行された。
プロ野球再編問題の陰に隠れてしまった感もあるが、様々な問題を投げかけた。
重要な問題だしこの事件が提起する問題は特異でもあるから、
しばらくすれば多くの議論が巻き起こるに違いない。
そのなかで
死刑賛成派にとっても反対派にとっても遺族感情は重要な論点になるだろう。

たしかに遺族感情は重要だ。
だが、遺族の感情が重視されるためには条件がつくことを思い起こさなければならない。
その条件とは、「遺族」にふさわしい言動を取ることである。
まちがっても、イラクで人質になった若者たちの家族のようにふるまってはならない。
怒りを抑え切れなければ、怠惰な警察のような小規模で穏当な対象に向けるべきで、
体制批判のレベルに拡大してはならない。
これから遺族感情云々という議論を聞くときは、
私はその人にとっての「遺族」の条件に注意を払いたい。
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by tyogonou | 2004-09-20 00:17 | 社会
「感動を与える」
私は実は星野仙一氏があまり好きではない。

いつのことかは定かではないが、中日か阪神の監督に就任したころのテレビのインタビューで「感動を与えられるような試合をしたい」というようなことを言うのを聞いて、長島さんや若い選手ならともかく、星野さんまでこんなことを言うのか・・・と暗い気持ちになったのを覚えている。
「与える」とは目下の人間に向かって言う言葉だ。もちろん、星野氏がファンを見下しているわけではないだろうが、この言葉の持つ押し付けがましさまではぬぐえない。そしてその押し付けがましさに注意が払われないまま、「感動を与える」という表現が氾濫していくような状況を想像して憂鬱になってしまったのだ。
もうひとつ。感動とはサルの餌のように簡単に与えたり与えられたりするようなものではない。すばらしいプレーを見て感動するとき、その感動は私自身の力さえ超えている。人間は、自分の意志によって感動したりしなかったりはできないものだ。大げさに言えば感動はいわば野球の神様がくれるものであって、選手もファンもその前では等しく微々たる存在でしかない。
鈴木健二氏が何かの雑誌で、アテネ五輪中継のアナウンサーや選手たちの言葉の貧困さについて苦言を呈していたが、それは現役の若い人たちだけでの問題ではない。
一応、私自身、言葉の「誤用」についてあまりうるさく言うつもりはない。自分自身がそういった「誤用」をしていないとも限らないし、言葉は変化し続けるものだと考えているから。それでも、「感動を与える」という表現をはじめとして、スポーツやマスメディアの世界で常套句として使われるようになった「誤用」には苛立ちを抑えることができない。それが自覚されにくい傲慢さ、たとえば「フリーダム」を口にするアメリカ人のようなナイーブな傲慢さを生むからだ。
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by tyogonou | 2004-09-18 23:39 | スポーツ | Comments(0)
老駑思千里
神亀雖寿 亀という神聖な生き物は長生きをするといわれるが
猶有竟時 それでもやはり終わる時というのはくるものだ。
騰蛇乗霧 龍は雲に乗って天空を駆け巡るが
終為土灰 最後には足元の土くれに帰ってしまう
       なんとむなしいことだ・・・
           しかし
老驥伏櫪 名馬は老いて厩に伏したきりになってしまっても
志在千里 その志は千里の彼方にある
烈士暮年 烈士もまた老年を迎えても
壮心不已 壮心は止むことがない
 曹操『歩出夏門行』より


驥一日而千里      名馬は一日で千里を行くが
駑馬十駕則亦及之矣  駑馬も十日かければやはり千里の遠きに達する
『荀子』より


駑馬といえども千里を思う心は名馬と同じ、
才及ばずといえども休まざれば千里に達す。
故に曰く『老駑思千里』

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猪悟能(別名猪八戒)

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by tyogonou | 2004-09-03 23:34 | about... | Trackback | Comments(0)