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梨園
勘九郎平謝り「あんなバカだとは」
事件そのものについては特に感想はない。
酔った挙句の暴力沙汰など珍しいことではないし、もちろんそれは悪いことであり、酔っていたことが言い訳になるわけでもないが、きちんと相応の償いをすればそれでいい、と思う。(日ごろから酒癖が悪かったというならまたちょっと話は別だ。)それ以上の道義的責任がどうのこうのという問題ではないと思うし、あとは以降酒には飲まれないよう気をつけろというだけの話だと思う。
気になったのは親の中村勘九郎の発言である。
「あんなバカだとは思わなかった」「1週間でも2週間でも(留置場に)入れておいてほしい。今は会いたくない」「(襲名行事の自粛について)皆さんの意見に従う。そうした方がいいならそうする」
成人した人間のしたことであるから親が何を言おうが関係はないが、事件のことを抜きにして考えると、ちょっと無責任というか幼いというか、自分(勘九郎)が傷つけられたという感情が主であるような感じを受ける。もっとも本人も言っている通りショックを受けているということは一応割り引いたほうがいいのかもしれないし、こういうときにすばらしい対応を見せろというのも酷な要求だが。ともかく、「梨園」という環境を言うならこちらのほうではないかと思うのだ。
話は飛んでしまうが、私が「梨園」について気に入らないのは、決して若くはない役者が、ほかの歌舞伎役者について「〇〇のおじさん」といったような呼び方をすることだ。歌舞伎とは、そういった役者同士の縁戚関係を知っていて、そこに内輪意識を抱くことができる人だけが楽しむ娯楽なのか、と思う。かつての江戸(あるいは京大坂)の人々の多くはそうだったかもしれないが、ほかに娯楽や芸術はいくらでもある現代で、歌舞伎役者の縁戚関係など一般の人間には知ったことではない。伝統芸能では師弟関係であるとか「家の芸」とかいったものが重要であるのは理解できるが、横の関係まで入ってくるのはいかがなものか。なによりも外部の人間である相手が内輪の事情を知っているかのような前提で話すのは大人のすることではない。
まとまってないが、以上。

追記
「親の顔に泥を塗った」 逮捕の七之助さん謝罪会見
親の顔に云々は、少なくともファンへの迷惑より先に来るほどの問題ではない。
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by tyogonou | 2005-01-31 23:43 | Trackback | Comments(2)
仁者壽
子曰、知者樂水、仁者樂山、知者動、仁者静、知者樂、仁者壽。
子の曰わく、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのちなが)し。
散文詩としての論語の中でも殊の外美しい一節だ。知者と仁者が対比されているが、両者は対立するのではなく相俟ってひとつの情景を形作る。最後、「楽しむ」に対置されるのが「安んず」などではなく「壽」というのも喜ばしい。
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by tyogonou | 2005-01-29 00:29 | | Trackback | Comments(0)
警察官もいろいろ
といっても、お手柄の話。犯人が図々しすぎたということもあるが、署員に事件解決への情熱があったからこそ。
犯行時の服装で?婦女暴行男が警察訪問…気づかれ逮捕
1月19日、森本容疑者が同署を訪れ、古着販売の仕事の関係で、古着の輸入に古物商の許可が必要かどうか相談に来た。通りかかった地域課員(29)が、森本容疑者の1本線のニット帽と黒のダウンジャケット姿に気づき、相談用紙に書かれた氏名と住所から、後日、追及すると、犯行を認めたという。この地域課員は事件の捜査に加わり、防犯カメラの男を覚えていた。

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by tyogonou | 2005-01-28 12:32 | 社会 | Trackback | Comments(0)
アウシュヴィッツは「反ユダヤ主義」だから問題なのか?
アウシュビッツは悪と反ユダヤ主義の象徴=米大統領
ブッシュ米大統領は26日、第2次大戦中のユダヤ人虐殺(ホロコースト)の象徴的存在であるアウシュビッツ強制収容所の解放60周年記念式典に寄せた演説で、この収容所は悪に立ち向かい、反ユダヤ主義と戦うため力を合わせるよう世界に再び呼びかけるものだ、と述べた。
 大統領は、「(収容所は)悪の力を思い起こさせ、悪が存在するいかなる所においてもそれに立ち向かうという気持ちを、人々に喚起する粛然たる象徴だ。また(収容所は)、反ユダヤ主義がみられたときには協力してこれと戦わなければならないことを喚起してくれる」と述べた。
アウシュヴィッツは悪と人種差別主義の象徴なのかと思っていたが、アメリカ合衆国の見解では、アウシュヴィッツは反ユダヤであったから悪なのだということらしい。即ち、ユダヤ人以外が対象であったなら、ホロコーストは悪ではなかったということなのか。私の目にはアウシュヴィッツとアブグレイブは似通って見えるが(重大な相違もある)、善/悪=親ユダヤ/反ユダヤという枠組みで考える合衆国大統領の目には正反対に映るようだ。
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by tyogonou | 2005-01-28 01:36 | 国際 | Trackback | Comments(0)
「もち代」
昔、大相撲の八百長疑惑が取りざたされていた時、誰だったかが「注射」だとかいうような隠語が飛び交っていること自体に悲しみを覚える、と言っていたのが印象に残っている。
<小泉首相>「森派もち代」ちゃかす
小泉首相は27日、森派の政治団体「清和政策研究会」が所属議員に配った「もち代」「氷代」を政治資金収支報告書に記載していなかった疑惑を記者団から指摘され、「もともともち代とか氷代はないでしょう。今、あまりもちも氷も食べないんじゃないの」とちゃかしながら否定した。
この方にそういった志の高さを要求するのは無理なことなのは分かっているのだが・・・
<児童わいせつ>常習の55歳元教師に実刑判決 宮崎
情状面を考慮して減刑した一方、岡村裁判長は「教師という立場にありながら、長期間にわたり常習的にわいせつな行為をしてきたことの一端であり、罪責は重い」と指摘した。
「教師もいろいろ」では済まされないのだ。
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by tyogonou | 2005-01-28 00:48 | Trackback | Comments(0)
憲法 1
昔、革新系首長の治める自治体の役所などにはあるスローガンを掲げた垂れ幕がぶら下がっていたものだった。革新系首長もだんだん減っていって、都道府県のレベルでは埼玉県が最後だったと思うが、「良識の府」参議院の議長も務めた大物政治家土屋義彦前県知事が当選すると、いの一番にこの不届きな垂れ幕の最後の一枚を撤去したものだった。余談になるが、代わりに土屋知事が打ち出したのが「彩の国さいたま」というあまり意味内容のないキャッチコピーで、はなわにはうらやましがられたが、実際「彩の国」らしいこととして思い浮かぶのは、湖に「桃湖」という名前がつけられたということぐらいか。それはともかく、垂れ幕に掲げられていたスローガンとはなんだったか。「憲法を暮らしに活かそう」である。
そういえばそんなのもあったなぁ、と思うくらい月日も流れて、憲法改正論議も本格化しそうだ。改憲論者の意図が那辺にあるかは疑念を持たずにはいられないし、もう半世紀以上も事実上の一党支配が続いている中で与党の作ろうとする憲法がどんなものであるのか不安でもあるが、憲法改正自体については必ずしも悪いことではないと思う。昨年のアメリカの選挙では同性婚問題もひとつの争点になった。日本ではまだそれほどの問題にはなっていないが、憲法という大事を論じるのだからきちんとそこまで押さえて議論しているというのであれば、その論者の意図や真剣さというものを認めてもいいのではないかと思う。
ではもし民主主義を発展させる方向で憲法改正を考えるとしたらどんなことが言えるのか、考えてみるのも価値あることだろう。

とりあえず9条、である。
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
まばゆいばかりに若い理想主義に燃えた宣言で、本当はぜひとも残したいところだ。
(次回に続く)
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by tyogonou | 2005-01-27 01:38 | 憲法 | Trackback | Comments(0)
ソウルの漢字表記
ソウルの漢字表記、韓国が変更案→中国は認めず
私は中国を「支那」と呼ぶ動きには同調できない。自分たちをどう呼んで欲しいかは基本的には本人たちの希望が優先されるべきであると思うからだ。同じ理由で、ソウルの漢字表記に関する中国側の態度には不快感を感じる。特に下記のような主張はあまりにも傲慢だ。「ハンチョン」と呼ばずに「ソウル」と呼んでほしいという要求はまともなものであり、その点についてきちんと応えるべきだと思う。まあ、これは日本人である私が口をさしはさむ筋合いでもないのだが。
 21日付の中国紙「新京報」は「新表記を受け入れるかどうかは中国など中国語圏の国の権利に属すことであり、韓国はそれを尊重しなければならない。単なる表記の問題ではなく、歴史的習慣や経済コストにもかかわる問題だからだ」との識者論文を掲載。
 中国側の冷淡な反応の背景には、漢字文化圏の盟主としてのプライドも影を落としていると見られるが、「漢城」と「首爾」が併存する状況が続けば、新たな混乱が拡散する可能性もある。
西洋の王者のマナーについて説明した有名な逸話を思い出す。
昔イギリスの王様のところに、西洋のマナーについてよく知らない客が訪れた。フィンガーボウルが出されると、その客はボウルの水を飲んだ。それを見たイギリス王は当たり前のように自分も飲んだ。
相手のプライドを守ることほうがノーブルな行いということだ。

孔子も、仁とは恭寛信敏恵の五つを行うことだと説明している。
恭即不侮、寛即得衆、信即人任焉、敏則有功、恵則足以使人。
恭(うやうや)しければ侮(あなど)られず、寛(おおらか)であれば人望が得られ、信(まこと)があれば人から頼りにされ、機敏であれば仕事ができ、恵み深ければうまく人が使えるものだ。

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by tyogonou | 2005-01-25 22:16 | 国際 | Trackback | Comments(0)
圧制に終止符
<米大統領>演説で「世界で圧政に終止符」と訴える 就任式
「圧制に終止符」と聞いてアメリカが圧制を止めて人権を尊重するようになっていくのかと早合点してしまった私は素直なのかひねているのか。
ひねくれついでに言うと、この「圧制」という言葉の意味することは、一期目の「テロリズム(テロリスト)」に代わって、第二期ブッシュ政権が戦争を始めるときの口実として使われるということだと思う。アルカーイダに敵視されているシーア派のイランをテロリスト支援を理由に攻撃するのには少々無理があり、もうちょっとましなお題目として「圧制」が選ばれたということだろう。それでも、本当にイランに武力侵攻する可能性がどれだけあるかは疑問ではあるが、環境はできるだけ整えておこうとしているのだと理解している。
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by tyogonou | 2005-01-22 13:16 | 国際 | Trackback | Comments(0)
偶然の一致で「酷似」?
一昨日、少々長いエントリーを書いたのだが、投稿の際にしくじってしまって消滅してしまった。
内容は、拉致情報TBS勇み足、脱北者の金稼ぎにダマされたという件に関して、知り合いの中から適当に写真を二人分選んで、両方とも特定失踪者420人の中に専門家にも違いを指摘できないほど似ている人がいたというのは奇妙ではないか、というものだった。かといって、日本側の情報分析の信頼度を貶めるための謀略と考えるのも難しいのだが。 
一方で、特定失踪者に関する情報は極めて少なく、「針の穴のような情報でも、のどから手が出るほどほしい」(松本さんの兄、孟さん)のも事実。調査会の荒木和博代表は謝罪の一方で、「リスクを恐れていては情報が集まらない」と理解を求めた。
こういった態度はきわめて妥当だと思う。
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by tyogonou | 2005-01-22 12:33 | 社会 | Trackback | Comments(0)
万引き防止センサー
最近時々万引き防止センサーにひっかかっているらしい。らしい、というのはそれで店員に声をかけられることがないので良く分からないのだが、店を出ようとしたら警報音が鳴って、思わず立ち止まって後ろを振り返るということが6~7回はあったと思う。もちろん、身に覚えがあるわけでもないし、無意識のうちに手が勝手に動いてしまうとかいうことでもない。一度だけ、電器店で店員が追いかけてきてレジ袋をチェックされたのだが、そのときは買ったばかりのヘッドフォンのなかのコイルが反応したのだろうということで無事に済んだ。ただ、普段はヘッドフォンなどを持ち歩いているわけでもなく、それでも警報がなることはある。その時以外では店員が声をかけてきたことがないし(それはそれでこのご時世に問題じゃないのかという気もするが)、後で持ち物を自分で調べてみても原因が何なのかはわからない。
ひょっとして宇宙人に何か埋め込まれたのだろうか?(笑
冗談はさておき、警報がなって振り返ってほかの客と目があったりするのはバツが悪いし、状況によってはもっと不快な思いをすることにならないとも限らず、さりとてセンサーのあるところを通らないですごすというわけにもいかず、どうしたものか。
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by tyogonou | 2005-01-20 00:32 | Trackback | Comments(0)