<   2005年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧
師弟
中村銀之助容疑者を逮捕 勘三郎さん一門覚せい剤で
驚くには当たらないニュースだと思う。
息子も酔って警官を殴ったから・・・ではなく、その後の勘三郎氏の対応を考えれば、だ。
「あんなバカだとは思わなかった」「1週間でも2週間でも(留置場に)入れておいてほしい。今は会いたくない」「(襲名行事の自粛について)皆さんの意見に従う。そうした方がいいならそうする」
被害者意識と決定を下す責任の回避とに見られるある種の幼さは、親としてであれ師匠としてであれ人を導こうとする人間にはふさわしくないものだ。
 勘三郎さんはコメントを出し「弟子である中村銀之助が逮捕され、非常に申し訳なく、世間を騒がせたことを深くおわび申し上げます」と謝罪。「弟子の指導のどこに問題があったのか、あらためて深く考え、反省しています。銀之助については破門せざるを得ないと考えていますが、本人の更生を第一に考え、見守っていこうと思います」とした。
今回のコメントは無難なもので特に問題はないと思うが、彼が破門の決定にどれだけの苦しみを感じたのだろうかという点に疑念を持たざるを得ない。このような場合、破門しないということにするならよくよくの理由が必要だから、破門は仕方のないことだと思う。ただ、それは客観的な外野の意見であって、長いこと指導してきた弟子を追放しなければならない師匠にとっては非常につらい決断となるはずのものだ。短いコメントでは本人の真情を知ることは難しく、誤解の可能性を留保しておかなければならないが、「銀之助については破門せざるを得ないと考えていますが」と無造作に言えるのは、他人に判断を預けた前回の発言と同様に、息子や弟子達に対する(バーナード・ショウが to be inndifferent to them と表現したような)根本的な無関心を示しているように思えてならない。

"The worst sin towards our fellow creatures is not to hate them, but to be indifferent to them: that's the essence of inhumanity." George Bernard Shaw
[PR]
by tyogonou | 2005-08-05 20:34 | Trackback | Comments(0)
孟母三遷
貴乃花、妻子と“別れマス”…師弟と新しい夏
 「力士と一緒に暮らすのは子供の教育上良くない、と奥さんの景子さんが反対しているからです。貴乃花には1男2女の子供がいますが、長男はとても頭がよく、景子さんはこの子を3代目の力士ではなく、全く別の職業、例えば医者とか、学者などにしたいそうです。子供のためといわれては、さすがの貴乃花も何も反論できないようです」
本当ならとんでもない話だ。父親(貴乃花親方)の生育環境を否定するというのも問題であるし、貴乃花親方が相撲改革案として、協会運営の学校の設立など子ども達への普及を重視するようなことを公に発言しているのとかん全に矛盾するし、なにより力士に対する職業差別である。それとも貴乃花部屋所属の力士達の素行が特別酷いということなのだろうか。それなら師匠は何を教えてきたんだということになる。
こういった情報はえてして周囲の多少ゆがんだ主観が入っているもので、それをあれこれ言うのも問題ではあるのだが、
「生前、オヤジが住んでいた部屋の3階に寝泊まりして、自宅に帰るのは週末だけ。これからは落ち着いて弟子の育成に専念できますよ」と、貴乃花親方は“単身赴任”の抱負を語っている。
今まで弟子の育成に専念できなかったことを自分で認めているわけで、通勤という方法にきちんとした理由がなかったことは間違いない。
[PR]
by tyogonou | 2005-08-04 01:43 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
サウジ国王死去
墓石なし、半旗も掲げず サウジ国王の葬儀
簡素であるということもあって、どちらかと言えば好意的なニュアンスで伝えているが、そんなナイーブな受け取り方でいいのだろうか。
聖典コーランに忠実なワッハーブ派では、コーランに書かれていない行為は忌避される。このため弔問客が天幕の下に集まりコーヒーを飲んで過ごすなど、他のアラブ諸国では一般的なことも行われない。
宗教とはたいてい教義とは関係ないが、長い歴史の間に築き上げられた慣習などをもっているものだ。そういったものを排除して経典を厳格に適用する考え方とは原理主義に他ならない。おそらくオサマ・ビン・ラディンが(アメリカなどに捕らえられることなく)死んだとしたら、テロリスト達によるその葬儀は今回の葬儀とほぼ同じようなものとなるだろうことは想像に難くない。ワッハーブ派=テロリストというような短絡的な見方はもちろん適切ではないが、こういった思想上の一致についてナイーブであったり、あるいは他の目的のために意図的に無視したりするようなことは、テロとの戦いを標榜する人間にはあってはならないことだと思う。
[PR]
by tyogonou | 2005-08-04 01:18 | 国際 | Trackback | Comments(0)