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雄弁は銀、沈黙は金
トリノの女神は荒川静香にキスをしました
NHK刈屋アナ また金絶叫 「トリノの女神は荒川にキスしました」
おそらくはガッツ石松の「幻の右」あたりから始まるであろう大げさな名フレーズをありがたがる真情は私には共感できないが、刈谷アナの実況が良かったという点には大いに賛成だ。
 入局24年目のベテランは、94年のNHK杯からフィギュア実況のスペシャリストとして活躍。荒川とは長野五輪直前の9年前に出会い、栄光と挫折を実況席の内外から見守ってきた。それだけに実況中も思いがあふれ出た。「さあ、ここからの2分15秒が荒川静香、長野から8年の思い」。演技が終了すると「9年前から見てきましたが、最高ですね…」とため息をついた。
その2分15秒の間、一切言葉を発しなかったということ、その2分15秒に荒川選手にとって思い意味のある例のイナバウアーも含まれていたということを考えれば、これはなかなかできることではない大いに称賛すべき抑制だと思われる。
そのおかげで、イナバウアー、ジャンプ、ビールマンスピンとひととおり盛り上がった後、そこからのステップワークに息を呑むようにして引き込まれていく感動を視聴者が観客と共有できたのは刈谷アナの功績である。
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by tyogonou | 2006-02-26 03:05 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
堀江氏に動機があるのか?
<党首討論>メール「偽物」可能性強まる 真偽論争を回避
件のメールが偽者である疑いはきわめて強くなったようだが、堀江氏から武部幹事長サイドに金銭の提供があったという疑惑の核心自体はどうなのか。
あまりそこのところをつく人がいないようなのだが、私には堀江氏に金を出す理由がない(薄い)ように思える。なぜなら、堀江氏はあの選挙で武部氏、あるいは自民党に対して貸しがある側だからだ。
当時、自民党は造反議員に対する「刺客」を必要としていたが、亀井静香という大物に対抗する候補者というのは結構な難題だったはずだ。あまりに大物では、そういった「刺客」という役割のためだけに固い地盤を持つ対立候補のいる選挙区に送ることはできないし、またそこで本格的な仁義なき戦いが始まってしまっても困っただろう。一方であまりに小物では対抗馬にはなりえず、示しがつかなかっただろう。加えて、どちらにしても、落選の可能性が高いところに敢えて送り込む以上、落選後のケアも考慮に入れた上で出馬を要請しなければならない。
ところが、堀江氏というのはその難題をうまくクリアした自民党にとってはおあつらえ向きの選択肢であったわけだ。堀江氏なら、「刺客」の看板を背負わせることができるだけの(自民党はこの呼び方を嫌がっていたわけだが)知名度があり、亀井氏とは異なる土俵で勝負している人間だからどちらかが深刻な傷を負うということもなく、落選しても失うものは少なく、さらに自民党の公認なしに無所属で出馬してくれるという、これ以上望むべくもない選択だった。
だからこそ、武部氏がみっともないほど堀江氏との親密さをアピールしても皆当然のこととして受け取っていたわけで、背後に金の流れを想像しなければならないような不自然な行動ではなかったはずだ。さらにその後広島カープ買収に関して武部幹事長が渡辺恒雄氏らに働きかけたというニュースが出てきた時も、「刺客」としての役割を果たした堀江氏への「見返り」として見られて、なぜ幹事長がそんなことをしなければならないのかという疑問はでてこなかった。
さらに、伝わってくる堀江氏の性格を考えても、自民党に恩を売ったという意識しかないのではないかと思われる。あるいは、今後政治の世界により深く関わっていこうという計算があったなら、先行投資をするかもしれないが、その後の堀江氏の行動からは政界進出への意欲というものは伺われず、球団や放送局の買収などと同じ、自社の株の価値を良く見せるための撒き餌に過ぎなかったのではないかと疑わせる。
こういったことを考えてみたら、なぜ堀江氏が金をださなければならなかったというのか、理解しがたい。
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by tyogonou | 2006-02-23 13:14 | 社会 | Trackback | Comments(0)
堀江メール
「堀江メール」で対立激化=国政調査権、懲罰が焦点-自・民
強気の裏で焦燥感も 根拠提示迫られる民主
前原誠司代表は「信ぴょう性は高い」と強気の姿勢を堅持しているが、の党幹部は「本当に大丈夫なのか」と不安を隠していない。
こういう声もあるようだが、私も疑問を禁じえない。仮にこのメールが本当に堀江氏が送信したものであったとしても、それで即幹事長が責任を問われる問題となるわけではないはずだと思う。そのためには、堀江氏のメールを受け取った側の人間が、(宮内氏が同様の指示を出した結果)、幹事長の次男の講座に実際に振り込んだこと、その金を次男が「受け取った」ということ、その金に正当な理由がないこと(正当な理由があるとはちょっと考え難いが)、その入金について幹事長が何らかの形で関わっていること(道義的な問題というのはあるが、次男が成人しているなら一応独立した個人としてみなすべきだ)、そういったことを証明しなければならない。
おそらく、メールが真実なら、金が実際に振り込まれ、相手にも受領されたのだろうとは思うが、それなら、民主党もその痕跡をたどってきちんとした証拠を挙げるのは難しいことではないだろうし、それにもかかわらず、まったく二の矢が放たれる気配がないというのは「ガセネタ」をつかまされた可能性を疑わざるを得ない。
もちろん、今後の展開を見なければ確かなことはいえないわけだが。
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by tyogonou | 2006-02-20 01:35 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
肉よりも人が問題
米国産牛肉の再禁輸は不当 米議員、日本の対応を非難
より詳しい記事はこちら
Calling it a ''technical violation'' of the agreement, Baucus said it should have been treated as a ''customs issue, not a health issue.''
''Shutting off imports from all U.S. plants was an unwarranted reaction out of all proportion,'' he said. ''There is nothing unsafe about U.S. beef.''
Baucus also blasted Japanese politicians for raising doubts about the safety of American beef, apparently referring to a delegation of the opposition Democratic Party of Japan which visited the United States last week to check U.S. inspection procedures.
''Any suggestions by Japanese politicians that U.S. beef is unsafe are unfounded and completely unacceptable,'' he said.
それは、合意内容に関する技術的な違反だとして、ボーカス議員は「健康の問題ではなく、習慣の問題」として扱われるべきだったと主張した。
(中略)
ボーカス議員は、先週アメリカの農産物の視察に訪れた日本の野党民主党の視察団を名指しして、日本の政治家がアメリカ産牛肉の安全性に疑いを投げかけていることを非難した。
「日本の政治家が言うようにアメリカの牛肉が安全でないと考えるべき理由はなく、発言は完全に受け入れることができない」
はっきり言っておきたい。これはアメリカ産牛肉の安全性の問題ではなく、(政府、政治家、業者をひっくるめた)アメリカ人の正直さについての問題だ。仮に、日本のような全頭検査が過剰であって、アメリカの制度と「習慣」に従っているだけで牛肉の安全性が確保できるとしても、アメリカは輸出再開に当たって条件に合意したのだからそれを守らなければならない。違反が技術的なものであるかどうかは問題ではない。アメリカが約束を守らなかったことが問題なのだ。アメリカがするべきことは、合意した条件がきちんと守られるだろうということを日本が納得できるように、これまでの経過を明らかにし、問題の発生源をつきとめ、再発防止とチェックのための制度を改善することだ。そうすれば、日本もアメリカを約束を守る正直な取引相手として信頼できる。そういった具体的な対応をせずに「強い反応」などと脅しをかけるのは、ならずもののやることだ。
アメリカ側が理解しなければならないのは、脅しによって日本政府を屈服させ税関を開かせることができたとしても、日本の消費者の財布の口を開かせることはできないということだ。仮に今、検査その他の条件を一切つけずに輸入を解禁したら、和牛と一部の国の来歴のはっきりしたもの以外、牛肉自体が敬遠されてしまうことになるのは目に見えている。それに、牛肉のみならず、アメリカ産の他の農作物についても疑いの目が向けられるのも防ぎようがない。たとえば遺伝子組み換え作物などについても、わが国の政府の基準ではなく、アメリカの「習慣」に従って判断されているのではないか、と。ひとたびそういった不信感が根付いてしまったら、それを払拭するのは容易なことではない。

ある種の麻薬に関しては危険ではないと主張する人々がいるし、一部合法とされている国もある。だからといってアメリカにそれを持ち込むことは許されるのだろうか?
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by tyogonou | 2006-02-11 00:01 | 国際 | Trackback | Comments(0)
ムハンマド風刺画
ムハンマドを風刺した漫画の影響が大変なことになっている。
もともとの漫画についての具体的な情報が不足しているのでこの件についてきちんとした評価を下すことは非常に難しいのだが・・・。
私にとって意外だったのは欧米諸国のメディアが「表現の自由」の表現としてこの漫画を積極的に広めようとしたことだった。もともと、デンマークの新聞の記事も、単なる揶揄ではなく、「神を風刺する自由」についてイスラム教徒に訴えようとする、軽率だが完全に思慮を欠いているというわけでもない一応の意図をもって掲載されたものであったらしい。ただ、重要なのは、彼らが風刺しようとしたのが彼ら自身の神ではなかったということだ。表現の自由はたしかに重要で、私はそれが例えどんなにくだらないものでも、相当な理由がない限り認められるべきだと思っている。しかし同時に、他人の振興を笑いものにする、あるいは笑いものにされていると相手側が取りかねない場合には相応の配慮が不可欠だと信じている。
ムスリムからの抗議に対して、欧米の新聞の側は、ムハンマドの顔を(真面目な意図で)描くこと自体許されない偶像崇拝を禁ずる厳しい戒律が、なぜ否定されなければならないか、正面から応えていない。イスラム世界と西欧世界という異なるパラダイムの間に横たわる、肖像を描くことに関する意味合いの協約不可能性について、西欧の新聞はよく言えばあまりにも無邪気であり、悪く言えばあまりにも不遜である。イランはホロコーストについての漫画によって対抗するつもりのようだが、そんなものを持ち出すまでもなく、児童ポルノなどの表現の自由について考えてみるだけで充分ではないか。
イギリスの有名な蝋人形館がベッカム夫妻をヨセフとマリアにみたててキリスト生誕の場面を再現したことに対してヴァチカンが抗議した時、西欧のマスコミが表現の自由をもって対抗したという話はきかない。表現の自由を理解しているはずの身内に対して要求しなかったものを、他者に対して要求するのはちょっとばかり虫が良すぎると思う。

もちろん、イスラムの側の抗議に一定の節度が必要であることも確かなことで、放火したり、テロの脅迫をしたりなど許されるべきではないことは言うまでもない。

心配なのは、キリスト教対イスラム教と言う図式がアメリカ対アルカーイダ(に代表されるテロ組織)だけに当てはまるものではないということが明らかになったことだ。西欧諸国のメディアと比較的穏健なイスラム教国の一般国民との間にこのような激しい対立が潜在していたいうことに少々戸惑いを感じている。米国がイスラムの怒りに理解を示し、イラクシーア派の重鎮シスタニ師が過激な抗議行動に対する不支持を表明しているのは一方で興味深いことだが、どちらかと言えば対話に前向きであるように思われた穏健派のなかにこれほど激しく燃え上がる火種が潜んでいたとは想像もしていなかったし、その火の行く先には非常な不安を覚えずにはいられない。
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by tyogonou | 2006-02-09 02:48 | 国際 | Trackback(1) | Comments(0)
紀子さま御懐妊
「紀子さまご懐妊の兆候」ということでまずはおめでたい。
ただ、これから日本列島を覆うであろう複雑な感情の靄と、この新しい命に向けられる身勝手な思惑を思うと少々酸っぱさを含んだ喜びではある。
世間では男子が生まれると大層めでたがり、女の子でも無病なればまずまずめでたいなんて、おのずから軽重があるようだが、コンナ馬鹿げたことはない。娘の子なれば何が悪いか、私は九人の子がみんな娘だって少しも残念とは思わぬ。ただ今日では男の子が四人、女の子が五人、宣(い)い塩梅に振り分けになってると思うばかり、男女長少、腹の底からこれを愛して兎の毛ほども分け隔てはない。道徳学者は動(やや)もすると世界中の人を相手にして一視同仁なんて大きなことを言ってるではないか。まして自分の生んだ子どもの取り扱いに、一視同仁ができぬというような浅ましいことがあるものか。
こう断じたのは福沢諭吉であるが、一世紀をまたいだ今日、下々の一般家庭で
こそやかましくなくなってきたとは言え、一人の赤子の性別が国民的関心事となるようでは福沢が嘆いた頃からたいした進歩を遂げていないというべきだろうか。
それはともかくとして皇室典範改正問題である。小泉首相は議論の継続が必要だという認識のようだが、その認識は正しいと思う。正直に言えば、今回の吉報によって多くの国民が感じたであろう安堵感―愛子様以外の「選択肢」ができたかもしれないということ、そしてその結果あまり愉快でない議論を先延ばしにできるかもしれないという安堵感ーを私も感じたことは事実だ。しかし、ここで逃げてしまうのは卑怯ではある。
私は、三笠宮寛仁親王殿下の「一度切れた歴史はつなげない」という主張に一定の理解をもっている。長い間伝えられてきたものを断ち切るというのは大変なことだ。今女系天皇を容認したら、百年後、二百年後にやはり元に戻そうということになってもそれは容易なことではないわけで、当座の苦境を乗り切るだけのために軽々しく変更してはならないものだと思う。
ただし、他方では、国民の象徴という存在が、性によって差別することを許さない現代の人権文化の名誉ある一員たろうとする民主主義国家日本のありようと矛盾するようであってはならないと思ってもいる。
私の考えは次のようなものだ。皇位の継承をはじめ、皇室のありようについては皇室関係者自身に決めさせるが良い。日本国(国民)はそこに口を挟むことをしない代わりに日本国と皇室とを切り離してしまうべきだ。具体的に言えば皇室を特別文化財のようなものに指定したうえで一切の国事行為を廃止するのだ。古典芸能などでは男性のみが受け継ぐものは少なくないわけで、そういったものの一種として扱うなら天皇を男系男子に限るということは許容されうる。だが、「男系だから尊い」というような価値観が日本の国民を象徴するものであってはならない。なぜならそれでは天皇制とは日本国民の(福沢の言うところの)「浅ましさ」の表現となってしまうからだ。
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
天皇が「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるなら、この第十四条を体現するような存在でなければならない。男系男子による継承を貫徹するなら、それは許容されるべき例外としてでしかなされえないと思う。

もっとも天皇制をめぐる議論がそこまでいくことはないだろう。もっと現実的で形而下的な問題に終始することになるだろうが、果たしてこの価値観の問題煮まで踏み込む時期にあるのかどうかは私自身も判断に迷うところではある。
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by tyogonou | 2006-02-09 01:57 | 社会 | Trackback(1) | Comments(0)
<米国産牛肉輸入>農相辞任の必要なし 小泉首相が認識
<米国産牛肉輸入>農相辞任の必要なし 小泉首相が認識
 中川昭一農相が、米国産牛肉輸入再開前の現地調査を閣議決定通り行わなかったと答弁した問題で、政府は30日夜の衆院予算委員会で「査察(調査)の実施は輸入再開の条件とはなっていない。閣議決定以降の変化について国会に十分な説明をしなかったことは誠に遺憾」との統一見解を示した。
 これに先立ち首相は農相を国会内に呼び、報告を受けた。農相は報告後、記者団に「(答弁書に)書いてあることと違うことをやった。(答弁書で)できないことをやりますと答えたのは結果的に農水省と厚生労働省のミスだった」と陳謝。自らの責任については「首相の判断に任せている」と語った。首相は同日夜の衆院予算委で「(農相は)責任を十分感じている。私はこれで結構だと思う」と述べた。
閣議決定された答弁書がきちんとしたもので農相が独断でそれを破ったのであれば農相の責任問題であるのは明らかだが、答弁書がいいかげん(といって語弊があれば訂正の必要なもの)であったとすれば、それは首相の責任問題ではないのか。
米国産牛肉輸入問題は国民の関心も高い最優先課題のひとつであったこと、一般消費者の間にも専門家の間にも安全性への不安や疑問の声が少なからずあったにも関わらず強行したこと、結果として目視で確認できるほど大きい特定危険部位の混入を許したこと、これら3点を考慮すれば、再開前にきちんと変化について説明しなかった首相の責任は軽いものではないと思う。統一見解が出された段階で追及する立場としては方向転換すべきだったのではないかと思うがどうなのだろうか?

今回のような形で脚光を浴びるよりも、そして危険部位の混入が発見されるよりも以前に、この問題には批判の声があがっていた。問題は、閣議決定と農相の決定との齟齬ではなく、「国民が牛肉の安全について耳を貸さなくなってしまう」ということに尽きると思う。

<牛肉輸入再開>「早過ぎ?」 食品安全委で疑問の声相次ぐ

 食品安全委員会の専門調査会が19日開かれ、米国とカナダでの査察前に、牛肉輸入が再開されたことに対して疑問の声が相次いだ。吉川座長は「再開前に両省が米国に行って見てきて、それから再開だと思う」と発言。寺田雅昭・食品安全委員長も「これでは国民が牛肉(の安全性)について耳を貸さなくなる」と批判した。

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by tyogonou | 2006-02-01 19:20 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)