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「全員頑張った」と首相
イチローの栄誉賞は見送り 「全員頑張った」と首相
偽メール問題への対応もそうだったが、最近小泉首相の言動が落ち着いたものになってきているのは任期も終わりが見えてきたがゆえの余裕だろうか。「全員頑張った」というのはまさにその通りで、一時の興奮とイチローの絶大な人気にあやかろうという助平心にとらわれて、MVPの松坂ら他の選手達のプレーをないがしろにしてしまわなかったのは良識ある判断だと思う。
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by tyogonou | 2006-03-23 02:07 | 社会 | Trackback | Comments(0)
男系をもって貴しと為す
<皇室典範>改正反対の1万人集会 国会議員86人も出席
「改革、改革と唱える人がいるが、守るべき伝統文化は断固として守る。男系を守ってきた皇室は日本民族の宝だ」
女系天皇反対で集会 平沼元経産相らが出席
「改革、改革と口を開けば唱える人がいるが、守るべき伝統は断固守っていくべきだ。万世一系で男系を守ってきた家系は皇室のほかにない」
皇室典範の改正には時間をかけるべきという意見には賛成だが、男系であることが是非とも守らなければならない価値であるかどうかは疑問に思う。少なくとも男系擁護側の主張は私にはあまり説得力のあるものに聞こえない。
第一に「万世一系で男系を守ってきた家系は皇室のほかにない」というがそれは本当だろうか? 男系を守るために御三家、御三卿を設けた徳川将軍家の例はすぐに思い浮かぶし、藤原氏の一門など社会的階層の高い家系では男系が途絶えることなどほとんどなかったのではないだろうか。また、中国や朝鮮では人は自分がうまれた家=父親の姓を名乗ることは絶対的なルールで、たとえ女性が結婚しても姓を変えることなどなく、ましてや他姓の娘婿(「同姓は娶らず」)の姓を変えさせて養子とすることも、子どもに母親の姓を名乗らせることも不可能なはずだから、万世かどうかはともかく、男系が守られているのがむしろ基本なのではないかと思う。その中で由緒があり、男系が保存されてきたことが確実であるのはそう多くはないかもしれないが、日本の皇室がそこまで特異な例であるとも思われない。男系であることが皇室の尊さの源泉とするならば、同じく男系を守ってきた家は皇室と等しい価値を持つ「宝」ということになるのだろうか?
第二に、それが皇室のほかになかったとしても、それだけで価値ある宝と評価するのは早急だ。インドのサティー(寡婦殉死)はほかにない風習ではあるが、だからといって守らなければならない伝統であるわけではない。それが守るべき伝統文化であるかどうかは類例の多寡によってのみ判断されるべきものではない。
皇室が日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるかぎり、この問題は憲法第24条の精神と照らし合わせて判断されるべきものだと思う。
第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
現実問題として、皇室の家族関係は必ずしも24条の趣旨に沿ったものではなく、そこにはそれなりの理由もあるだろう。しかし、両性の本質的平等という価値観との対立について無自覚なままでは、男系だから尊いという価値観は日本国の象徴としての皇室のあるべき姿を支えることはできないと思う。
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by tyogonou | 2006-03-20 01:05 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
Another tea party?
When in the Course of human events, it becomes necessary for one people to dissolve the political bands which have connected them with another, and to assume among the powers of the earth, the seperate and equal station to which the Laws of Nature and of Nature's God entitled them, a decent respect to the opinions of mankind requires that they should declare the causes which impel them to the separation.

全面禁輸「過剰」と批判=牛肉問題で米国務長官=差替
いっそのこと無条件全面解禁にしてしまったらどうだろう? そんなことをすれば牛肉、あるいは畜産業界全体にまで深刻なダメージが及ぶはずで、実際にそんなことをするべきではないが、日本政府の政策に問題があるというなら、市場の判断に全てをまかせようではないか?
とにかく誰かが教えてあげなければならない。日本の対策がアメリカ産牛肉の信頼性を確保し、日本の消費者とアメリカの生産者との結びつきを維持するためのものであって、アメリカの生産者にとってむしろ利益になるものだということを。それを納得させない限り、アメリカの生産者は自分達が(短期的な)コストをできるだけ払わずにすむような緩い条件で日本への輸出を再開させるように、政府議会に圧力をかけ続けるだろう。本来、長期的な費用と便益に目を向けるよう説得するのはアメリカ政府のするべきことだが、彼らにそうする気がない(あるいは彼ら自身に長期的なヴィジョンが欠けている)のであれば、日本が説得するよりほかない。もっとも日本国外務大臣には、日本国内の食品の安全基準が適切か過剰であるかは、なによりもまず主権者たる日本国民によって判断されるべきだという基本的な民主主義の原則さえ指摘することができないようだから、誰か他に適任者を探さないといけないのだろう。(もっとも、外相が日米が合意したシステムへの信頼性という問題に触れているのは一応評価すべきだと思うが。)

<駐日米大使>「貿易戦争を懸念」米産牛肉輸入停止問題で
アメリカ議会が、互いに交わした合意内容を誠実に履行しようとせず、内政干渉も辞さない強圧的な態度にでるなら、それは確かにある種の戦争を引き起こすかもしれない。日本国民は米国産牛肉を成田沖に投げ捨てるようなまねはしないかもしれないが、自然と神の法が与え給うた自立した平等な地位を放棄するつもりもない。
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by tyogonou | 2006-03-19 02:22 | 国際 | Trackback | Comments(0)
約束を守れない国
牛肉骨混入「どこでも見られる」…米農務長官
マイク・ジョハンズ米農務長官は16日、ワシントンで記者会見し、香港に輸出された米国産牛肉から、BSE(牛海綿状脳症)対策で除去すべき骨が混入していた問題について「食肉処理で骨の小片が紛れ込むことは、世界中どこのどんな処理でも見られるものだ」と述べた。
そんなことだから次のような状況に陥るのだ。
米21空港で爆弾部品素通り 政府実験で判明と報道
 米国の空港は中枢同時テロ以降、検査が格段に厳しくなったとされるが、爆発物を見破ることができないずさんな実態が明らかになった。
忘れてもらっては困るのだが日本にとって米国産牛肉の輸入問題は安全保障の問題でもある。自国の安全保障に必要な処置を徹底する能力もなく、相手が重視している約束を守らないことになんの痛痒も感じない、そういう国とパートナーとなることはできない。
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by tyogonou | 2006-03-17 19:51 | 国際 | Trackback | Comments(0)
イナバウアーだけが取り柄ではない
“悪魔のイナバウアー”復活…映画「エミリー・ローズ」のCMで
映画の宣伝としては思わぬ大成功となったのは同慶の至りだし、荒川のイナバウアーが賞賛に値する美しさだったことにも異存はない。
しかし、荒川はトリノでイナバウアーだけをしたわけではなく、それだけが無闇に取り上げられている状況には疑問を感じざるをえない。
私はそれほど熱心なウォッチャーではないが、荒川イナバウアーのところだけは観客の反応を感じ取る余裕がある、といったような話をしていたと記憶している。荒川自身ががこの現象についてどう思っているのかは知りようもないが、「最高の演技をしよう」いう気持ちで臨んだ成果が、(たとえ愛着もあり、また決して気を抜くわけにはいかない箇所だったとしても)イナバウアーのみというのではさびしいのではないかと思う。

いまさらながら荒川の舞について

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by tyogonou | 2006-03-17 13:37 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
エスプリ?
荒川演技に不適切コメント 仏テレビが謝罪文
 キャンデロロ氏の真意は不明だが、放送後、フランス人弁護士を名乗る人物から「日本人に対して失礼であり、謝罪すべきだ」との抗議が寄せられたという。
 日本大使館は抗議などをしておらず、謝罪文を受け取ってから同テレビに問い合わせ、経緯を把握した。
無洗米のCMでも見て記憶に残っていたのだろうか? それだったら荒川とご飯の連想は理解できるが、それで何を言いたかったのかはやっぱり分からない。放送を見ていたフランス人たちには分かったのだろうか?
なにんせよ、日本側が問題にしていなかったものを自ら謝罪してきたということは評価すべきかと思う。
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by tyogonou | 2006-03-15 23:38 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
愛子さまディズニーシーに
愛子さまディズニーシーに 皇太子ご夫妻と友人ら
 愛子さまは今春に学習院幼稚園への入園を控えており、宮内庁の林田英樹東宮大夫は今回の訪問を「同世代の子どもと同じような体験をしてもらうため」と説明している。
同世代と同じような体験をするということは大切なことだとは思うが、ちょっと無理があるような気もする。映像で見る限りミッキーやミニーの出迎えに喜ぶというより怖がっているかのような印象も受けたが、これは意外に大きいので驚いたということではなく、ディズニーキャラクター自体になじみがないからではないのか、と思う。
少なくともディズニーランドにもいったことのない私よりは世間一般に近いといえるのかもしれないが。
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by tyogonou | 2006-03-13 13:05 | 社会 | Trackback | Comments(0)
いまさらながら荒川の舞について
何度見ても感心せざるをえない。

まず何より構成がすばらしい。
難しいコンビネーション群で盛り上げたあと、長めのバランス技で魅せ、プッチーニ自身が指定していたかのようなジャンプで「誰も寝てはならぬ」の名旋律にアクセントをつけ、イナバウアーから三連続ジャンプ、スピン群でひとつの頂点を形作る。その後、比較的地味なステップワークへとつながるのだが、それまで抑制されていた腕がまるで溶け出したトゥーランドットの心のように豊かな表情を見せ始める。それは地味ながらメリハリのあるリズムを刻む体(そして左右の腕で色の異なる衣装)と相俟って見るものの心の奥底から清清しい喜びを沸き立たせる。我にかえってその沸き立つ喜びを表出させるような集中力の切れ間を作ることなく迎えられるラストのスピンで、観客は思わず立ち上がってしまうほど深いところからの感動に酔いしれてしまう。そこにはいかなる過剰もなく、さりとてなんの物足りなさを感じさせることもなく、美そのものが研ぎ澄まされていく過程を見るようだった。あのイナバウアーも要所で二回か三回使えばそのたびに盛り上がっただろうが、全体として(些細ではあるが)緩慢な印象を与えることになったかもしれない。急所で一回だけしか使わなかったことで演技を引き締まったものにしたし、イナバウアーという技にもまた鮮烈な印象を抱かせることに成功したのだと思う。
荒川自身の演技について言えば、解説者たちがこぞって称賛した重心の移動とエッジの使い

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by tyogonou | 2006-03-07 01:36 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
常任理負担率に下限制を
<国連分担金>常任理負担率に下限制を 中露の負担増促す
私自身、かつて分担率に関するひとつの私案を提案したこともあり、政府のこの方針を支持したい。
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by tyogonou | 2006-03-06 12:09 | 国際 | Trackback | Comments(0)
もうひとつの「ガセネタ」問題
<メール問題>自民、矛収める わずか半月で両党の状況逆転
以前にも書いたが、今回の件についての自民党の対応はいつになく穏当だったと思う。かつての自己責任祭りのような下品さもなく、厳しいことを言っても良識の範囲内に収まっていたと思う。
特筆すべきは小泉首相が終始慎重な姿勢に徹していたことで、声を荒げることも、人を馬鹿にしたような態度をとることもなく質問に応じていたのは、近頃あまり記憶にない光景だった。これは、永田議員の主張する疑惑が事実ではないという確証をにぎっていたがゆえの余裕だったということなのだろうが、(そういった気のまわしようをする人でもないが)あまり煽り立てると自分自身の「ガセネタ」問題に火の粉が飛びかねないということを心配したということもあるのではないかと少し疑っている。

首相自身の「ガセネタ」問題とは言うまでもなく、「イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を隠し持っている確かな証拠がある」ということではじまったイラク戦争への加担である。「大統領が見つからないからといって、いなかったとは言えない。大量破壊兵器が見つからないからといって、なかったとは言えない」などという乱暴な理屈を忘れた人間はいないだろう。永田議員は記者会見でまだ「疑惑」に未練を残していたが、その永田議員でさえこんな強弁で自分の主張を押し通そうとするような不遜さは見せなかった。(もっとも、「イラクは過去に大量破壊兵器を使い、国連決議に反していないと証明しなかった。イラク戦争支持の日本の判断は正しかった」という首相の主張は、自ら投げかけた疑惑を証明することなく、無実を証明することを武部幹事長側に要求した民主党の論理と瓜二つであるが。)
確かにでっち上げられた証拠を元に他人の名誉を傷つけることは、大きなあやまちである。しかし、内閣総理大臣が国の活動を正当化するためにでっち上げの証拠を提示して国民を欺くことはそれよりずっと大きなあやまちである。そして、でっち上げの証拠を元に他国の主権を侵し、多くの人命を奪うこと(そしてそれに加担すること)は比較にならないほど大きなあやまちである。
この問題をいまさらとりあげるのも・・・という感もなくはないが、少なくとも民主党と永田議員は非を認め謝罪した。一国の首相たる小泉氏はまだ果たしていない自分の責任について考えるべきではないのか。
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by tyogonou | 2006-03-05 01:32 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)