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小沢一郎
私には小沢一郎という人があれほど注目を浴びる理由が今ひとつ良く分からない。
小沢氏が彼一人の名前だけで引っ張っていける以上の規模の政党のトップに就くのは初めてであるはずだから、菅氏らそれなりに発言力のある議員達をどのようにまとめていくのか興味がないわけではない。しかし、小沢氏が現在の日本の政治や社会を大きく変えることが出来るかとなると、残念ながらあまり大きな期待を抱かない方がいいと思う。
◇両院議員総会の小沢氏演説(要旨)
 日本は小泉政治で屋台骨が崩れ、迷走を続けている。立て直すには、「共生」の明確な理念と設計図が不可欠だ。日米関係を基軸に中国、韓国など近隣諸国との関係を改善し、アジア外交を強化しないとならない。
 内政の重要課題は(1)新しい日本を担える人材の育成(2)地域主権の国づくり、政官業のもたれあい構造、官僚主導の中央集権体制の打破(3)経済社会の真の構造改革――だ。小泉政治は自由と身勝手を混同し、弱肉強食の格差社会という妖怪を生んだ。民主党は黙々と働く人、努力する人が報われる公正な社会を目指す。
どれも漠としていて誰でも言えそうなものばかりであり、小沢氏個人にそういった問題状況についての具体的な分析があるのか今ひとつはっきりしない。自分自身の政治生活についての発言がかなり強い印象を与えるだけの覚悟をにじませるものだったのとは対称的である。
新しい日本を担える人材の育成、と言うけれど、(予期しない大勝が原因だったとは言え)杉村泰蔵氏を論文による審査の上で候補者に選んだ小泉自民党の方が、一歩も二歩も進んでいる。(杉村氏をどう評価するかは全く別の問題だが)。
さらに、現在の状況下で小沢氏が示さなければならないのは、これからの社会を担っていくにあたって、若い人材にはどのような特質が必要だと考えているのかということだ。少し前までは、若くヴァイタリティーにあふれているだけで充分価値を認めても良かった。
しかし、堀江貴文以後はそれでは足りない。堀江氏は近鉄買収騒動以降日本の社会の閉塞状況を打破するためのひとつの答えとして認識されていたのは事実だし、またそれはある意味では正しい認識だったのだろうと思う。すくなくとも、事件によって堀江氏は全否定されるべきではないし、かといって彼の功績と事件を切り離してあつかうこともすべきではない。田中角栄がそうであったように、善悪功罪とりまぜてひとつの時代を体現した個性として捉えるべきだと思う。これからの時代を担う人材について発言するなら、「堀江氏的なもの」を吟味することを避けて通るべきではない。「遵法精神に満ちた堀江貴文」などというようなご都合主義的なモデルは検討に値しない。
また、民主党の新しい代表としては、永田議員や前原前代表を誤った方向へ導いた「若さ」の問題も踏まえておかなければならないはずだ。
候補者が若い今回の選挙では、そういった小沢氏のビジョンを示す絶好の機会であったはずだが、おぼつかない足取りで自転車をこいでみたり、余計なことがクローズアップされるばかりだったのは残念だ。もっとも内容のなさという点では自民党もまけてはおらず、朝っぱらから駅前でいい大人がじゃんけんをする姿をみせられてはあきれた人も多かろう。少なくとも民主党には小沢党首がこれから「何か」やるかもしれないという期待があった分だけ票が伸びたということなのだろうと思う。

小沢一郎という人は、押しの強さと理想主義という意味において、田中真紀子と加藤紘一の中間にあるような政治家といえるのではないかと私は思う。三人とも自分の意思を実現するのに必要な老獪さにかけていて、かといってこれまたこの三人に共通点を持つ小泉首相のように「イラクに大量破壊兵器が見つからないからといってそれがなかったということにはならない」などと無茶な主張を押し通して平気でいられるほどの我儘さを持ち合わせているわけでもない。小沢民主党の今後も、かつての田中氏と加藤氏の「乱」と同じような結果にしかならないのではないかと思う。
もちろんそれ以上の何かをなす可能性がないわけではないし、小沢氏以上の選択肢というものが特にあるわけでもない。小沢氏に注目が集まるのは理解できるし、自分自身も注目している。しかし、そこにかつて近鉄買収に名乗りを上げた堀江氏にあったような変化の予兆や希望がどれだけあるかは疑問だ。
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by tyogonou | 2006-04-25 02:37 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
とにもかくにも無事
<線路変形>またトラブル 乗客、怒りの声 山手線ストップ
確かにトラブルが発生したことは困ったことだが、付近を走行していた列車の運転士が異常を感知、報告しあるいは緊急停車し、事故を未然に防いだことは評価されていいのではないかと思う。ミリ単位の高低差が限度という場所で最大5センチの隆起があったという状況では、異常に気づかない方がおかしく、当然の対応だったといえるが、それでもきちんとすべきことをし結果論として乗客の安全を確保できたということはきちんと評価したい。
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by tyogonou | 2006-04-25 01:38 | 社会 | Trackback | Comments(0)
愛国心を教え込むこと
「君はどうあっても”偉大な兄弟”を愛さなければならぬ。屈従するだけでは充分じゃない。彼を愛さなくちゃいかんのだ」
(『1984年』 ジョージ・オーウェル 早川書房)
「わかりました。田村一等兵はこれより直ちに病院に赴き、入院を許可されない場合は、自決いたします」
兵隊は一般に「わかる」と個人的判断を誇示することを、禁じられていたが、このときは見逃してくれた。
「よし、元気で行け。何事も御国のためだ。最後まで帝国軍人らしく行動しろ」
(『野火』 大岡昇平 新潮社)

かつて教育と言うものはお国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出すようなものであるべきだと発言した議員先生がいた。
愛国心は結構だ。しかし、愛国心を教え込むことによってそのような日本人が生み出されるかどうかは大いに疑問だ。愛国心が叫ばれていた時代の状況を考え、あるいは現代の自分の周囲を眺めるに、愛国的な教育が生み出すものはお国のためにお前の命を投げ出せと他人に強いる卑怯な人間なのではないかと私には想像される。

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by tyogonou | 2006-04-17 02:57 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)