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山崎拓氏が苦言
「原則忘れている」 敵基地攻撃論などで山崎拓氏が苦言
 会見で山崎氏は、先の北朝鮮のミサイル発射後の党の会合で、若手議員が敵基地攻撃論をぶったと紹介。「私は驚愕(きょうがく)し、我と我が耳を疑った」と振り返った。その後の安倍氏らの発言を踏まえ、「今のような茫漠(ぼうばく)たる議論で国会答弁などを引用して言うと、あたかも今この時点でやるかのごとく、かつその能力があるかのごとく誤解されてしまう」と指摘。「ここは引き締め時だと感じている」と語った。
「国防族の中心的存在」がきちんと言うべきことを言ったということは評価したい。ただ、これはたがが外れて原則を忘れたというレベルの問題でもないように思う。若手ではない政府の要職にある人々でさえミサイル発射問題がむしろ好機であるかのようなトーンで攻撃論を語るのを聴けば、山崎氏のいう原理原則が最初から眼中にない可能性さえ疑われる。加えて、山崎氏を驚愕させたような若手議員には、「国を守るのは当然」という単純なロジックを越えて、他の尊重すべき意見、ロジック、価値といったものに耳を傾ける誠実さがかけていないかというのが私には不安だ。これは若手議員に限らず、小泉純一郎以降という枠で捉えられるべき問題であろうとは思うが。
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by tyogonou | 2006-07-28 23:56 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
statesman
<福田氏不出馬>「北朝鮮ミサイル」「靖国」…決断の決め手
 「日本を取り巻く状況が非常に困難な事態になる。そういう時に総裁選にあえて出る必要はない。安倍君に思う存分やらせればいい。それでうまくいくならいいじゃないか」
 一方、靖国問題。福田氏は首相参拝について「トップ同士も国民もお互い感情的になるのは最低だ」と批判してきた。しかし、小泉首相が先月27日、「何回(参拝に)行こうが個人の自由」と記者団に語り「8・15参拝」の観測が広がる中、逆に「自分が出ると、(靖国をめぐり)国論は二分されるだけでなく、対中関係にも悪影響を与える」と周辺に語り、むしろ出馬にはマイナス要因と指摘するようになった。
もともと福田氏には自民党総裁や総理大臣となることにそれほど強い関心を持っていなかったようではあるが、一身の都合(自分自身の「信念」も含めて)ではなく、国益を基準としての判断に敬意を表したい。スタンドプレーという見方もできなくはないが、福田氏自身も口にしているように、世代交代の流れの中で年齢的にも次のチャンスにつながる可能性もないわけで、素直に言葉どおり受け取りたい。
福田氏のこういった身の処し方は、ライバルであった安倍氏にいくつかの課題をつきつけることになる。安倍氏の信条がどうであれ、首相になれば国論をある程度統合(統一ではなく)しうるような行動をとらなければならない。もちろん靖国を主な争点として徹底的に議論したいと言うならそれをとめることは出来ないが、対中関係などを優先して身を引いた福田氏に敬意を払って、そういった他の重要な争点にも充分に配慮するのが紳士的ないきかたというものだろう。
それから、ミサイル問題の早急な解決という枠組みの中で、靖国問題はどのような位置を占めるかということも考えなければならない。中韓らと友好的な関係を築き、密接な連携を保つことはこの問題の根本的な解決のためには不可欠である。しかし、靖国神社の英霊は北朝鮮が発射したミサイルを打ち落としてくれるわけではない。また、軍事的な手段によって北朝鮮のミサイルを無力化することも、たとえそれが自衛のためであっても周辺国の支持を欠いてはイスラエルの例をひくまでもなく大変高いコストを支払わなければならない。とすれば、日本国民の生命と財産を守るべき首相にとって靖国参拝の優先順位がそこまで高いものであるものなのか、少なくとも明確に答えられるようでなければならない。
もっとも安倍氏を見ていると小泉氏の悪いところをしっかり継承しているような感じであまり期待が持てないのだが。
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by tyogonou | 2006-07-26 02:49 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
「おれ」やるよ
<欽ちゃん球団>「やるよ」新潟で萩本監督 存続を示唆
可能性は半々とにらんでいたが存続ということになったようだ。
一連の(というにはあっけなかった)流れをみると「欽ちゃん球団」が野球界にどれだけの貢献をなしうるのか、あまり期待できないような気もする。
解散という意思表示の時もそうだったが、今回のあいさつを見ていても選手達への配慮というものがないのはいかがなものか。自分の名声のために選手を利用するとかいうことではないことは確かで、反発の声が挙がるとかいうことにはならないだろうけれど、最初から最後まで監督個人の話しかしていないのは私には残念だ。解散発言で心配をかけた選手にたいして「みんなごめんな」と、そしてこれからまた頑張っていこうといった言葉がなぜでないのか。
<欽ちゃん球団>「やるぞ」新潟で萩本監督 存続を示唆
 チームの女性選手、片岡安祐美さん(19)は「他のチームでやることは考えてなかった。本当に良かった」と安心した様子。中心選手で、プロ野球・元オリックスの副島孔太さん(32)は「これから大変だと思うが、好きな野球をやらせてもらえることに感謝し、全日本クラブ選手権(8月)に向けて頑張りたい」と話した。
選手達のコメントをみても、彼らにとってこのチームが野球が出来るでしかないようで、(特に監督との)一体感というものが伝わってこない。厳しい見方をすれば山本が、遠征先で試合前夜にああいったまねをしたのも、そういった帰属意識の希薄さに遠因があったといえるのかもしれない。
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by tyogonou | 2006-07-22 20:30 | スポーツ | Trackback | Comments(1)
除名処分
山本さんを除名処分 解散表明の欽ちゃん球団
処分としてはごく当然のものではあるけれど、除名はせずチーム解散のその日まで仲間であり続けようというのであってもよかったのではないかと思う。それもちょっとおかしな理屈ではあるかもしれないが、除名するならそこで責任が分かたれたわけで、残りのチームを解散させる必要はないし、解散するなら消滅するチームからあえて排除する理由もないような感じがする。
存続を願う声も大きいようで、チームがこれからどうなるのかは分からないけれども。
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by tyogonou | 2006-07-22 00:36 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
BSEの脅威について理解する
BSE検査を大幅縮小 米、8月後半にも実施
以前にも取り上げた資料だが、2002年10月世界保健機構(WHO)が出した文書に全て言い尽くされている。「米国でのBSE発生が極端に少ない」から検査体制を縮小するという米農務長官のロジックはあきらかにこれに反している。以下抜粋。
国内産牛での報告件数は監視体制の質を反映し、氷山の一角を表しているに過ぎない。リスクの程度という観点からすれば、より重要なのはその国で許可あるいは実施されている飼養管理である
「積極的な感染牛の摘発・淘汰によって、感染物質の飼料への混入の大部分は防止される」
「積極的監視体制をとっている国で数例のBSEが発見されたという報告のほうが、監視体制のない国で症例の報告がないという事実より安心を与える。」
こうした監視体制が確立されておらず、BSEのリスクを効果的に評価できない国は、BSEを摘発し適切な対応をとっている国よりも、消費者や取引相手に対してより深刻な被害をもたらす可能性がある。
 英国でのBSEの流行から得られた教訓の中で最も特筆すべきことは、「BSEはすべての人が真剣に受け止めなければならない脅威である」ということである。この病気が出現した時、英国および英国から牛を輸入していた国において勧告や規制が厳密に守られなかったために個々の事例が大惨事へと発展してしまったのである。
BSEの予防は農場から食卓まで、食品および飼料に関わるすべての人々の共同責任である。農家、飼料生産者、食肉処理業者、と殺者、獣医師、検査官、政府当局といったそれぞれ役割を担う人々が防止策を怠った時にいかに重大な結果を招くかを、全員が理解しなければならない。

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by tyogonou | 2006-07-21 12:56 | 国際 | Trackback | Comments(0)
野球に失礼
欽ちゃん泣いた…茨城GG解散へ

解散が正解だと思う。
萩本監督の沈痛な面持ちにはショックの大きさがありありと浮かんでいたし、解散という決定やその会見もいかにも欽ちゃんらしいものだったと言えるのだが・・・私にはその脈絡のつかなさにとまどいを感じずにはいられなかった。
一所属選手の起こした事件がどのような脈絡でチームの解散へと結びつくのかまったく説明がなく、あまりに突飛で重大な発表には、責任を果たすというよりただ投げ出しただけという印象をぬぐえなかった。20日のこの記事では「少女に飲酒させた場に、山本の他にも2人の選手が同席していた」ということであり、チーム全体の問題という側面があることも事実のようだ。しかし問題はこれを発表したのが吉本興業であり、萩本監督からは一切の説明がなかった(というより、萩本監督自身、この事実を知らなかったし知ろうとしなかった)ことだ。つまり監督の決断はただ山本圭一が事件を起こしたという情報のみに基礎を置いているということで、なぜ解散すべきと考えたか理解しがたい。
試合終了後に詳しく報告を受け、17日夜に山本からも電話が入った。
 山本「すみません」
 萩本「その先は言うな。内容も知りたくない。そのまま切れ」
 山本「本当にすみませんでした」
こういった潔癖さこそが欽ちゃんの魅力であることは間違いない。しかし自分が知りたかろうが知りたくなかろうが、チームの存廃を決定する責任者として、野球に対する礼として、そして本人から直接話を聴くことができないファンに対する責任として、萩本監督は内容を知らなければならなかった
「山本だけが責められる問題じゃない」という。確かにさっさとトカゲの尻尾きりするよりはいいかもしれない。だが事情もはっきりしないまま重大な選択肢を選ぶいいかげんさという点では五十歩百歩だと思う。
「ユニホームが好きだった。野球が好きだった。“夢列車”なんてでかいこと言ったけど、どこにもたどりつけないで…」
「65歳の大きな夢物語でした。できることならどこかでまた野球をやらせてほしい」
哀しいのはその重みのなさだ。芸能界の大御所の口にする「夢」という言葉は、様々な競技の世界規模の大会が行われるたびメディアに湧く若い「応援団長」の口にする「夢」と同じ程度にしか私の心を動かさなかった。
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by tyogonou | 2006-07-21 01:51 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
力士を育てる観客
<露鵬暴行>相撲記者クラブでも謝罪「心より反省してます」
 土俵入りした西の花道は通常より多い親方が警戒に当たり、露鵬が登場すると観客席から「お帰り」「頑張れ」と大きな声援や拍手が送られた。
 露鵬は「土俵に上がるまで集中できなかった」と話したが、琴奨菊を豪快な左からの上手投げで破り、5日ぶりの白星を挙げた。
 支度部屋では、温かい観客の反応が意外だった様子。「逆になると思っていた。ありがたいです」と素直に喜び、「騒ぎが予想外に大きくなった。やらなきゃよかった。これからはいい相撲を取ります」と話した。
観客の反応が好意的だったのは、露鵬の行為が未熟さから出たもので醜く卑しい心から出たものではないということを分かっていたということだろう。人間が出来てくれば、こういった事件を起こすことはなくなるだろうし、今回の事件から多くのことを学べばかえって心の伴った名力士となってくれるかもしれない、そういう期待が向けられているのだと露鵬には理解し精進して欲しい。
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by tyogonou | 2006-07-20 00:03 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
理事長は何を注意したのか
<露鵬暴力>写真取材側にも一因、「偶発」の可能性…理事長
毎日新聞も批判的な論評(「露鵬暴力:理事長の発言くるくる 取材規制より事実確認を」)を加えているが同感だ。
 「二度とあってはならない」と前置きした上で、「(露鵬がカメラを)ふりほどこうとしたのかわからないが、当たったという行為はいけないこと」「カメラの方が前に出たということもあり得るかも分からない」と話した。
「わからない」ではない。既に当日、理事長は二力士を呼び直接注意したはずだ。そのとき理事長は露鵬から話をきかなかったとでもいうのか。そのときの露鵬の言い分が殴ったのではなく当たっていなかったというのであれば、処分を決める理事会に両者を呼んで事実関係を明らかにできたはずだ。
毎日新聞側は特にこれ以上の行動をおこすつもりはないようだが、被害者側が納得せずさらなる手段に訴えたらどうするつもりだったのか、理事長に危機意識が感じられないのはどういうことなのか。
「(マスコミが写真を)撮らなければよかった。撮ろうとしたからそうなった」
人気商売の(それも人気が凋落気味の)人間がこんなことを言うのはよほど自分の考えに自信があるか、意識が低いかのどちらかだろう。「~かもわからない」という程度の前提から導き出した結論がそれほど確かなわけもなく、理事長のこういった発言には疑問を呈さざるを得ない。
一方で、理事長からこの程度の話しか引き出せなかった取材側にも問題があると思う。殴ったのか当たったのか、取材側に落ち度があったと考えるのか否か、理事長の明確な見解をそこで要求すべきだった。
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by tyogonou | 2006-07-18 02:48 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
相撲道
<露鵬処分>3日間の出場停止、親方3カ月10%減俸

1943年以来となればそれなりに重い処分といっていいだろう。しかし、何が問題なのかという点について協会側もマスメディアの側も充分に説明も検討もしていないように思われる。

もっとも直接的な問題は一般人に対して手を上げたことであるが、これを礼儀作法の問題として扱っているのはまず疑問だ。
それから、これを審判部で注意を受けた直後に起こしているのも、審判部の権威を損なう重大な問題だと思われるが、そこにも触れられていない。
力士でなくとも、叱責を受ければ頭に血が上ってしまうのはやむをえないことではあるが、そこをきちんと落ち着かせて部屋から送り出すのが親方衆の呼吸であってもよさそうだが、(それで露鵬の罪が軽くなるわけではないにせよ)反省の声が全く聞こえてこないのも疑問だ。
通路での立ち止まり取材の禁止も少々変で、過失は一方的に相撲界の側にあるのだから自粛要請程度であるべきだと思う。
大嶽親方の話の全体をきちんと読めばそういうニュアンスで言っているわけではないから些細なことだと言えるけれども、親方が軽い処分という言葉を使ったのも軽率だったと思う。


露鵬個人に関して言えば、彼が「一枚違えば家来同然、一段違えば虫けら同然」という番付の意味合いを理解していないということが今回の問題の原因であると言える。
流血!露鵬、カメラマン殴り風呂場のガラス破壊
 露鵬の“素行”には、「品格に欠ける」などと批判されたあの横綱朝青龍さえも、あきれたことがある。昨年夏場所前、東京・両国国技館で行われた横綱審議委員会によるけいこ総見。胸を出した横綱が、あいさつをしなかった露鵬に「ごっちゃんです、と言わなければダメだ。横綱が相手をしているんだから、基本を忘れてはいけない」と声を荒げた。ところが、叱責された露鵬は「横綱でも大関でも土俵に上がれば、オレの相手。強いとか弱いとかは関係ない」と吐き捨てたのだ。
下位の者が上位の者に対して「家来」とも言われるほど服従的でなければならない一方で、上位の者には下位の者を強い力士に育てる重い責任がある。胸を出すということは相手に自分の技を盗まれる危険をおかすことでもあるが、それにもかかわらず自分が強くなるために惜しみなく時間とエネルギーを割いてもらうことへの感謝が「ごっちゃん」であるということを露鵬は全く分かっていない。
 一連の大騒動の発端は、取組直後から始まっていた。千代大海に敗れた悔しさで、土俵下で思わず相手をにらみつけた。露鵬によると、そのとき大関から「何だ、こら」と言われたという。カッときて口論となった。
 東西共同の風呂場では再び千代大海と鉢合わせ。「これからも頑張りましょう」と話し掛けたが、大関は無言だったという。そこで、我慢の限界点を超えてしまった。
ここは千代大海も千代大海で、虫けらが睨もうが何しようが黙殺するのが強者として当然の振る舞いだ。それはともかく、まっとうな相撲の勝負で負けて相手を睨むこと事態が筋違いであるし、これからも頑張りましょうなどというのも前頭3枚目が大関に向かっていっていいことでもない。相手が朝青龍だったら横綱の方の暴力事件になっていたところだ。

▽北の湖理事長 正々堂々とやっている中、見苦しい。マナーが悪い。相手を敬う気持ちを重視しないといけない。
 そもそも土俵の所作が乱れている。今場所は稀勢の里や把瑠都が土俵で相手をにらみつけた。過去にも朝青龍と旭鷲山がトラブルを起こし、悔し紛れにロッカーを壊したり、壁を力任せに殴る力士がいた。「土俵に上がったら相手を殺すつもりで取っている」などと話す場面さえあった。
しばらく前から土俵の所作の乱れは言われていて、これも勝負のついた後だったか相手の尻をこぶしで殴った力士もいた。そういった乱れはもちろん憂慮すべきことではあるが、マナーや相手を敬う気持ちを持ち出すのにも違和感がある。野見宿禰が当麻蹴速を蹴殺して始まった相撲はもともと荒々しいものであったし、引退を口にしたものは真剣勝負の場である土俵に上げず、そのために千秋楽までとり続けるつもりだった小錦が場所半ばで引退を余儀なくされた例など、この世界の非情な厳しさ激しさは他の所謂スポーツとは一線を画している。
思うに、相手を睨んだり(もっともこれは立会いの際ににらみ合うのを喜ぶ観客にも責任がある)、暴力的破壊的な行動に及んだりする相撲取りたちに欠けているのは、相手へ敬意ではなく、強さの希求である。個人的にはあまり好きではなかったが、若貴兄弟は土俵際もつれたときには絶対に手をつかず頭から落ちたものだった。それほどまでに力を尽くしたならたとえ負けたとしても、相手や第三者に当り散らすようなまねをするだろうか?
もっとも若貴兄弟にも問題があって、二人は勝った後で土俵下に落ちた相手を助け上げるのが私は見ていて嫌だった。これは相手を敬う気持ちの現れといったニュアンスで世間的にはむしろ好意的に捉えられていたようだったが、禅者なら卑下慢と喝破するであろうある種の傲慢さを感じずにはいられなかった。勝者は敗者に対して「なんだオラ」などと挑発してもいけないし、弱者としていたわってもいけない。超然として勝ち名乗りを受けるのが真剣勝負における礼儀である。
今はあんなことになってしまっているのは残念でたまらないのだが、曙もまた精神性という方向から強さを極めようとした力士だった。双葉山が連勝を止められたとき荘子の例をひいて「我未だ木鶏たりえず」と言ったエピソードを愛好するなど相撲の精神性を誠実に学ぼうとした力士は他に例がない。長い手足はおよそ相撲には不似合いな印象であったが、すり足で脇を締めて突き押しという相撲の基本をこれほど忠実に守った力士もいなかったのではないか。そして最も重要なのは、酷評されてもキレることなく、あるいは貴乃花のように相手を見下すこともなく、ひたすら自分自身の内なる徳の充実をこころがけていたことだ。余談だが逆にK-1などに出るようになってからは、そういった闘志を表現することに慣れていないことが仇となってしまったように見える。

露鵬らにかけているのは彼らのような強さへの執念だと思う。勝敗へのこだわりはあるが、それをささえる理想もなく相撲内容の充実へと消化させるわけでもない。そんななか、朝青龍は、曙のような精神性への関心は薄く、北の海理事長のいうマナーなどにも問題はあるが、強さをもとめる動機の深さは確かにあって、横綱という地位を守るだけのことはあるように思える。
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by tyogonou | 2006-07-17 04:00 | スポーツ | Trackback | Comments(2)
暴を以って暴に易え
<北朝鮮ミサイル>自衛隊の「敵地攻撃能力」…議論が再燃
そこまでを意図してのミサイル発射でもなかったろうが、こういった流れは北朝鮮にとってはありがたいものではなかろうか?
 きっかけは「国民を守るために限定的な(敵地攻撃)能力を持つのは当然」と提起した9日の額賀福志郎防衛庁長官の発言。10日には「国民と国家を守るために何をすべきかという観点から常に検討、研究は必要」(安倍晋三官房長官)、「積極的に取り組む必要がある」(武部勤自民党幹事長)と同調する声が政府・与党内から相次いだ。
そもそも長距離ミサイルの保有が独立国家として国民を守るための当然の権利であると主張するなら、その権利は北朝鮮にも認められねばならないわけで、それを脅威といって非難することはできないのではないか? いくつかの国際合意を破ったという問題は残るものの、ミサイル保有が当然の権利であるなら、それを禁ずる合意の正当性のほうも怪しくなってしまう。残るは事前通告をしなかったということぐらいか。

ミサイル発射認める 今後も継続と北朝鮮(共同通信) - 7月6日

北朝鮮の外務省報道官は6日、一連のミサイル発射を「成功裏に行われた」と初めて公式に認め「自衛的国防力強化のための通常の軍事訓練の一環」と表明。さらに、発射凍結に関する日米などとの合意は効力がないと言明し「今後も自衛的抑止力効果の一環としてミサイル発射訓練を継続する」と言明した。
額賀防衛庁長官らのロジックでは、こういった主張は認めなけれなければならないし、北朝鮮が当然の権利を行使したことで日本(そして国際社会)の安全が脅かされたと主張することもできないはずだ。ミサイルの保有が認められるなら、その安全性の維持のための実験や訓練も認められるのは当然だ。「完成度低く、逆に危険」というのも現実的な意見であって、実際に発射実験を行うことによってきちんとした質を維持し、それによって日本国民を意図せずに傷つけるような事態を避けようとしているのだ、北朝鮮にそう開き直られたらなんと反論するのか。そして北朝鮮が独立国家として当然のことをしただけであるのに、それをことさらに脅威であると騒ぎ立て軍備を増強しようとすることを防衛という枠のなかで正当化するのは難しい。

現実に北朝鮮がそれをどのように使ったかを見れば、長距離ミサイルは自衛の範疇を超えていて日本国憲法に反するものであることはあきらかだ。実際に使用されずとも威嚇としてあれほど効果的に使われるものが防衛のための最低限の能力であるとはとても言えない。

それから政府の要職にある人間には、国際社会でこの問題を解決するために平和的手段による努力が進行している現在の状況下で、国民と国家を守るために何をすべきか考えて行動してもらわなければ困る。今最も重要なのは中韓露などの周辺諸国の協力を引き出し、一致してこの問題に当たることであるが、今しなくてもいい議論を巻き起こすことによってその足並みを乱すことは北朝鮮を利することでしかない。
また、憲法にも関わる重要な問題は冷静な判断力の下で議論されるべきであり、国民が不安を書きたてられた状況で提起されるべきものではない。それともそういった不安に付け込まなければ通らない主張なのだろうか?
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by tyogonou | 2006-07-12 22:55 | 国際 | Trackback | Comments(0)