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主文後回し
光市母子殺人事件でも見られた「主文後回し」が示す“重さ” | エキサイトニュース
「主文を後回しにするのは、ご想像通り、先に言ってしまうと被告人が動揺してしまうからです。死刑判決にするときは、ほぼ主文後回しになり、逆に死刑判決以外で主文を後回しにするというのは、聞いたことがないですね」
主文後回し=死刑だと分かっているなら、後回しにしても被告人が動揺しないということはないだろう。主文を先に書くことが決められているならその通りにすればよいし、被告を動揺させないようにすることが重要なら主文は全て後回しにすればよい。不合理なことをするものだ。
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by tyogonou | 2008-04-25 00:44 | 社会 | Trackback(1) | Comments(0)
褒められること、脳にとっては現金もらうのと同じ効果
褒められること、脳にとっては現金もらうのと同じ効果=研究(ロイター) - Yahoo!ニュース
興味深い研究結果だが、生理学研究所発表の資料を見ると、お金をもらった時の方がより大きな範囲で脳が活動しているのが明らかでちょっと笑ってしまった。
重要なのはお金をもらうことと誉められることが同じであることよりも、それがその後の人生にどう影響するかという問題の方だろうし、さらなる研究を期待したい。
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by tyogonou | 2008-04-24 23:07 | 社会 | Trackback | Comments(0)
光市母子殺害事件判決
【光市母子殺害判決の要旨(1)】「被告人が、自己のした行為をどのように考えているのかが重要」 【死刑判決で弁護団(1)】「裁判所は被告人の心を完全に見誤った」 (1/2ページ) - MSN産経ニュース
判決では新しい供述を信用できないとされた。その理由は、1審でも控訴審でも争っておらず、今いきなり出てくるのは信用できないということだ。しかし、この不合理な判決を下す裁判所が存在する限り、被告人は怖くて争うことができない。少し争っただけで反省の気持ちがないということになり、死刑になってしまう。そんなリスクがあるのに、争っていないことについてあそこまで断じられてしまうなんて。
裁判所は死刑を免れるためにうその供述をしたと認定しているが、前提を間違っている。最初に被告が話したのは2年前の教戒師が初めて。弁護側は教戒師に証言を求める手続きを取ったが、裁判所が採用しなかった。
(今回の判決で)凶悪な事件は原則として死刑なんだ、死刑を回避するためにはそれなりの合理性と正当性がなければならないと、立証責任を転換してしまった。『無罪推定の原則』とか『疑わしきは被告人の利益』といった哲学にまったく反している
私もこの判決には疑問を抱く。
 しかし、被告人は、判決書が朗読されるのを聞いているほか、判決書や検察官作成の控訴趣意書などを読んで、犯行態様や動機について全く違うことが書かれているのは分かった旨供述していることに照らすと、弁護人に対し、判決で認定された事実が真実とは異なるなどと話したりすることもなく、無期懲役という極めて重い刑罰を甘受するということは考え難い。
下級審で争っていなかったのを方針転換したことが信用できず反省の欠如を示すものになってしまうなら、富山の冤罪事件の被告のような立場に立たされた人が自力で自分の無実を勝ち取ることは不可能になってしまう。供述を翻したことは被害者遺族がもっとも強い怒りを表明しているところで、裁判官はこれに安易に乗っかってしまったのではないかとすら思える。

個人的にはもっとも関心があった順手と逆手の問題
【光市母子殺害判決の要旨(3)】弥生さん殺害「弁護側鑑定は採用できない」
裁判所の判断を大雑把に要約すると、弁護側鑑定と遺体に残された痕跡を比較すると、逆手で親指の爪で薬指の根元を掻くような形で首を押さえつけたということになるが、不自然な態勢で窒息死させるほど強い力をかけるのも難しい。またそのような指の形では、巻き込まれた親指も押しつぶしてしまい自分も痛かったはずで不自然、また人差し指とみられる一番下の指の跡が11センチもあるが、親指が邪魔で伸ばせなかった人差し指でそんなにながい跡をつけたというのも考えにくい、ということだ。
しかし、この判断はおかしい。
弁護側鑑定では、逆手の右手が口元から首へとずれたということ、舌骨が折れてないことなどからそれほど大きな力はかかっていなかったということを推定しているが、それらを裁判所は全く考慮していない。親指の位置は親指の爪が引っかいた跡で、それ以外の四本指の位置は蒼白(そうはく)帯によって推定されるが、爪の後は短時間でつくため、裁判所が言うよう人差し指から小指までの四本の指が圧迫跡をつける間、親指がずっとその手のひらの下に巻き込まれたままであったことを意味するわけではないし、同時につけられたかどうかさえもこれだけでは分からない。親指は傷をつけた後にずれたなら、裁判所の説明は成り立たない。
もっとも問題なのは、裁判所が遺体の痕跡と、右手の逆手という仮説との形の上での矛盾を指摘できていないにもかかわらず、右手の順手という検察側の説を遺体の痕跡との整合性について全く言及せず無批判に採用していることだ。たとえば一番下の指の跡が11センチもあったという指摘。それは親指が邪魔で伸ばせない人差し指ではつけられないというのが裁判所の指摘だが、順手で小指がつけた跡という推論は少なくともそれと同じくらい無理がある。もっとも無理のない推論は伸ばされた人差し指によってつけられたというものではないのか。形が矛盾しない逆手説を捨て、形が矛盾する(かもしれない)順手説を採用するのはなぜなのか。
検察が主張しているような絞め方によって殺された被害者の遺体も数多くみているであろう経験をつんだ監察医の判断を覆すには、ちょっと貧弱な論理で私には納得がいかない。弁護側鑑定人がどういった反応を示すのか興味がある。

立証責任が検察側と弁護側どちらにあるかを考えれば、弁護側は合理的疑いを示せればいいはずだが、この判決は、現場の捜査に関われず情報にハンデのある弁護側に本来検察側に要求される以上の厳密さを要求するものだ。量刑を理由に差し戻された裁判だという状況を考えても、弁護側が憤るのも理解できる。
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by tyogonou | 2008-04-22 23:14 | 社会 | Trackback(1) | Comments(0)
そんなの関係ねえ
<イラク輸送違憲>政府は静観 海外派遣への影響懸念も | エキサイトニュース
<イラク自衛隊>首相、違憲認定に「傍論だ。判決は勝った」 | エキサイトニュース
「そんなの関係ねえ」 高裁違憲判断で空幕長 | エキサイトニュース自分達に不利な見解が出されたが、かといって止めますと言うわけにも行かない状況で立派なコメントをだすというのも難しいことだが、こうして並べてみると、政府、防衛省全体に憲法に対する一貫した態度というものを見て取ることができる。
 これは、周辺事態法やテロ特措法などで、自衛隊の海外派遣をめぐって政府がこれまで積み上げた「非戦闘地域での後方支援は合憲」との見解を突き崩しかねない。このため、政府内からは「安全保障を分かっていない法律家の見解」との声も上がっている。
日本国憲法第76条
3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
 
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
法律家たる裁判官が安全保障を「分かる」必要などないだろう。逆に言えば、政府側は「憲法を分かってないし守るつもりすらない政治屋と戦争屋の見解」ということではないのか。これでは、自社の判断を司法の判断に優越させたプリンスホテルとかわりない。
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by tyogonou | 2008-04-18 23:40 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
プリンスホテルを厳重注意
プリンスホテルを厳重注意=日教組利用拒否で-東京都港区(時事通信) - Yahoo!ニュース
 港区は、今回の宿泊拒否は旅館業法に違反すると判断したが、「社長自らが反省し謝罪したほか、ホテル側が提出した改善報告書で、適正に営業されることが確認できた」とし、営業停止処分は見送った。 
後藤高志・西武ホールデイングス社長のインタビュー記事を読むかぎり、ホテル側が反省しているとはとても思えない。
今回の最大の教訓は、2007年3月時点で日教組の全体集会がどういうものなのか、きちんと踏まえて判断すべきだったということだ。
つまり、契約を途中で解除したことが問題なのであって、最初に申し込みが来た時点で断れば、それは正しい対応だったということだ。日教組の集会が中止せざるを得なかったのは、たしかにホテル側の対応が遅かったからであり、社長のこの理解は正しい。しかし、こと旅館業法に関するかぎり、3月だろうと11月だろうと宿泊拒否は許されないことであり、社長の主張が旅館業法に反するものであることは明らかだ。
第五条  営業者は、左の各号の一に該当する場合を除いては、宿泊を拒んではならない。
一  宿泊しようとする者が伝染性の疾病にかかつていると明らかに認められるとき。
二  宿泊しようとする者がとばく、その他の違法行為又は風紀を乱す行為をする虞があると認められるとき。
三  宿泊施設に余裕がないときその他都道府県が条例で定める事由があるとき。
ホテル側の主張する受験生への影響という問題が宿泊拒否の理由として認められるとするなら、第二号に該当するという判断がなされた場合であろうが、受験生にどれほど甚大な影響が予想されようと、そのような主張が認められることはありえない。理由は簡単で、ホテル側が主張する騒音は会場を借りる日教組やホテルに宿泊する参加者たちが出すのではないからだ。ホテル側の言い訳を聞いていてとにかく腹が立つのは、この部分だ。ホテルが受験生に配慮し、公共の福祉を重んじ、それを損なう騒音を憎むのであれば、あげつらうべきは街宣車を繰り出す右翼団体であって、日教組ではない。ホテル側が公共の福祉を言いたいのであれば、一方で日本の未来を担う受験生に苦痛を与え、同時に「集会の自由」「表現の自由」を保障する憲法を脅かす右翼団体を真っ先に取り上げるべきだ。それにもかかわらず、そちらには全く触れず、日教組の全体集会というものの本質であるかのように問題をすりかえ、日教組側に責任を負わせる=宿泊を拒否することを正当化するなど卑劣のきわみである。
後藤:司法判断の内容をひと言で言えば、警備をしっかりおこなえば混乱は避けられるはずだ、ということだ。しかしそこには、われわれの主張、とりわけ受験生への影響などが触れられていない。いかに厳重に警備をしても街宣車の騒音は防げない。
――社民党党首、連合会長、文科省次官、厚労相、みな司法判断に従わないのは法治国家にあるまじき行為だ、と批判したが。
後藤:十分な情報をもとに判断していただいているのではないのではないか。現実の問題として3日前に開催しろという判断が出されても、警備等の問題があり開催は困難だった。
当然これもとんでもない発言だ。極端な話、検察が裁判所の無罪判決にもかかわらず、判決は自分達の主張について触れていない、充分な情報を下に判断していない、と言って勝手に死刑を執行してしまったら、それは正当化できるだろうか。ホテル側は自分たちの行動の根拠を自由に主張していい。しかし、それに判断を下すのは裁判所であって、ひとたびその判断が下されたなら、(控訴審で覆されないかぎり)それには従われなければならない。なんと言おうと、司法判断に従わないのは法治主義への挑戦に他ならない。

これに対する処分が口頭での厳重注意だけというのはあまりにも軽すぎる
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by tyogonou | 2008-04-18 01:25 | 社会 | Trackback | Comments(0)
BPO意見より抜粋
 番組制作者にとって、「放送倫理基本綱領」(NHKと日本民間放送連盟)、「国内番組基準」と「新放送ガイドライン」(NHK)、「放送基準」と「報道指針」(民放連)等が掲げる公正性・正確性・公平性の原則がいかに大切かは、あらためて言うまでもない(詳細については、註1を参照)。これらは放送界が積み重ねてきた試行錯誤や経験から導き出された原則であり、個々の番組制作においてこそ、具体的に実現されるべきものとしてある。
 こうした原則が明言化されるに至った背景には、松本サリン事件(1994年)をはじめとする事件や裁判にかかわる報道で放送界が犯した数々の失敗があることを、いま放送の現場で働く制作者たちも知っておかねばならない。事件・犯罪・裁判を人間のドラマとして描く視点も大切だが、同時に、もう一方で、公正性・正確性・公平性の原則に立ち返る冷静さも忘れてはならない。
 こうした法廷外の対立構造がクローズアップされるなかで、各局は広島高裁前からの現場レポート、法廷スケッチ、記者会見やインタビューの映像、再現ドラマ、法律専門家のコメント、スタジオトーク等々を組み合わせた番組を多数、かつ長時間にわたって放送した。そのほとんどが被害者遺族の発言や心境に同調し、被告や弁護団に反発・批判するニュアンスの強い内容だった。なかには出演者が被告・弁護人の発言や姿勢に対して、明らかに罵詈雑言と思われる言葉を浴びせかけたり、激しいバッシングを加えるようなものもあった。
 この番組は、その「命乞いのシナリオ」がどのような文脈や根拠から出てきているのかを掘り下げていないため、被告の奇異な発言だけが浮き彫りにされ、法廷審理で何が争われているのか、視聴者にはわからない構成になっている。
 これも「弁護団」対「被害者遺族」という対立構図を描いた番組のひとつである。たしかに弁護団のなかには死刑制度廃止を訴えてきた弁護士も何人かいるようだが、それ自体は思想信条の自由に属す事柄である。しかも、死刑制度廃止論はこの差戻控訴審の争点にもなっていないし、彼らがその主張を法廷で述べた形跡もない。番組制作者がそれでも死刑制度廃止論者が弁護人になったこと自体が重要テーマだと考えるなら、きちんとした取材に基づいて、それが批判するに値する事柄であるという理由を示す必要がある。それがないままに、被害者遺族の意見を引用・紹介し、そこに同調するだけで終わっている。
 これも被告の奇異な主張やふるまいを批判的に紹介した番組だが、コメンテーターは勘違いしたのか、法廷での発言であることを前提として、自説を述べ、批判している。司会者は訂正したり、補ったりもしていない。精神鑑定の際の発言は、それを基に鑑定人がどう判断したかこそがポイントだが、鑑定結果に関する紹介はない。批判はむろん自由であるが、番組はコメンテーターの憤懣を見せるだけで、その奇異さをもたらしたものが何であるかについて、冷静に考察しようとする姿勢を見せないまま終わっている。

 委員会が憂慮するのは、この差戻控訴審の裁判中、同じような傾向の番組が、放送局も番組も制作スタッフもちがうのに、いっせいに放送されたという事実である。取材や言論表現の自由が、多様・多彩な放送に結びつくのではなく、同工異曲の内容に陥っていくのは、なぜなのか。
 そこにはかつての「集団的過熱取材」に見られたような、その場の勢いで、感情的に反応するだけの性急さがなかったかどうか。他局でやっているから自局でもやる、さらに輪をかけて大袈裟にやる、という「集団的過剰同調番組」ともいうべき傾向がなかっただろうか。こうした番組作りが何の検証や自省もされないまま、安易な「テレビ的表現」として定着してしまうことを、委員会は憂慮している。


  裁判制度に照らして見るとき、本件放送の際立った特徴は次の2点だった。
1.

被告・弁護団に対する反発・批判の激しさ
2.

裁判所・検察官の存在の極端な軽視
意見1 本件放送は、裁判を主宰する裁判所の役割を忘れていなかったか】
裁判所が認めなければ、法廷では検察官も被告・弁護人も勝手に活動するわけにいかないことは、自明の理である。
 その意味では、本件放送の多くが反発・批判の矛先を被告・弁護団にのみ向けたことは相当な的外れであり、もしそれを言うなら、そのような訴訟指揮を行った裁判所に対して、まず言わなければならなかったはずである。
【意見2 本件放送は、刑事裁判の「当事者主義」を理解していたか】
検察官の求めにもかかわらず犯行時の年齢と更生可能性を考慮して死刑を選択しなかった第1、2審とそれを破棄した最高裁の判決をふまえて、検察官は何を主張・立証しようとしたか、それに対して被告・弁護人はどう反論・反証したか。これらのポイントを整理し、事件と裁判の全体像を明らかにし、伝えることが、番組制作者の仕事だったはずである。

【意見3 本件放送は、弁護人の役割の認識に欠けるところがなかったか】
弁護人はそうした苦境にある被告とのあいだで信頼関係を築き、ときには被告に不利な事情にも踏み込んででも、可能なかぎりの事実と関係情報を集め、それを被告にもっとも有利な主張や立証として組み立てて法廷に提示することにより、全力を尽くして被告人を弁護しなければならない。それが、弁護人の誠実義務である。
 そこではまた、荒唐無稽、奇異に思われる被告のあらたな供述や殺意の否認についても、じつは「家庭裁判所の鑑別記録、捜査段階における供述、第1審の被告人質問等にすでに現われている」旨を言い、具体的な内容を例示している。
 しかし、これに対する記者・番組制作者からの質問は低調であり、各記録に記載された正確な文言、その文脈や意味するところについて問いただしてもいない。
本件放送では、こうした弁護団の記者会見の映像はときどき映し出されたが、その「内容」は触れられず、弁護人の一人が「司法の怠慢である」と述べた箇所が、脈絡なく、放送されるだけであった。これでは視聴者は、弁護団が何を主張しているのか、どこを争点にしようとしているのかについて、理解するためのヒントすら得られない。公平で正確な情報提供という観点からは、これは大きく外れた内容だったと言わざるを得ない。
殺人のような重大犯罪の場合、被告の内面の動きがどのようなものであり、それがどう動機を形成し、いかにして実行に移されたのかを一連の、全体をなすものとして解明しなければ、犯行の計画性も犯行態様の意味も量刑も判断できない。
 本件放送の基本的構成を見ると、こうした被告の供述の目立った部分だけを、イラストやナレーションによる再現で断片的に紹介したかと思うと、次の場面では記者会見やインタビューに応じた被害者遺族を登場させ、いまの被告の供述や、それをしゃべらせた弁護団を非難し、無念や怒りの気持ちを語らせて打ち消す、というものである。話しているのは被害者遺族である。番組制作者はその陰に隠れ、何も言っていない。
 そして、スタジオの司会者やコメンテーターが、被告・弁護団を強く非難し、被害者遺族に同情・共感を示す---その繰り返しが、基本になっている。
画面には、取材し、考察し、表現する者の存在感が恐ろしく希薄である。そのような番組しかなかったことに、委員会は強い危惧を覚えないわけにはいかない。
この安易な対比的手法は事件それ自体の理解にも、犯罪防止にも役立たないことは明らかであり、深刻に再考されるべきである。
【意見4 本件放送は、被告人の人間像を捉え損なっていないだろうか】

 委員会は前述のとおり、8放送局の20番組、33本、7時間半におよぶ放送を視聴した。そのなかにひとつとして、被告人の心理や内面の分析・解明を試みた番組はなかった。このこと自体が異様なことであると、まず言っておかなければならない。
 言うまでもないが、それは被告に同情することでも、弁護団の主張に同調することでもない。取材や調査によって、被告・弁護団の言い分を否定し、ひっくり返すこともありうるからだ。ひとえにそれは、メディアの力によって真実に近づくことである。
【意見5 本件放送は、裁判の全体を見ようとする意欲に欠けていなかったか】
番組制作者が差戻控訴審に関する番組を企画するに当たって、事件発生から今日までの流れ、事件・犯罪・裁判報道の基本的役割、少年事件における量刑基準のあり方についての議論、被告の内面や人間像を洞察することの重要性、刑事裁判の当事者主義や弁護士の誠実義務、真実義務等々にもう少し自覚的であれば、本件放送の内容はちがったものになったであろう。
 「巨大なる凡庸」---とは、7時間半におよぶ本件放送を見終わったあとの委員会の席上で、ある委員が口にした感想である。
 
法治とは何であるか、刑事裁判の構造的原理は何か、なぜ裁判では犯行事実がわかっているのに、被告の生育歴を調べたり、精神鑑定までするのか、法はどうして成人と少年を区別しているのか、被害者とその家族や遺族の無念の思いは、どうすれば軽減・救済できるだろうか---司法をめぐるひとつひとつの問いのうしろに、法律によって苦しみ、法律によって救われた人間たちの歴史がある。まだ答の見つからない問いの前で、いまも苦しんでいる人間がいる。

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by tyogonou | 2008-04-17 01:19 | 社会 | Trackback | Comments(0)
遷都祭キャラ「せんとくん」に決まったが…
遷都祭キャラ「せんとくん」に決まったが… 協会方針いまだ定まらず(産経新聞) - Yahoo!ニュース
個人的にはいい名前だと思う。キャラのインパクトが強いだけに、奇を衒った名前をつけようとすればかえってわざとらしくなってキャラに負けてしまうだろう。「ストーリーやシチュエーションに応じて別の愛称」を使うとか、へんにsaintなど意識したりなどせず、ひらがな五文字の平明な名前の力を信じた方がいいと思う。

もっともこのキャラの嫌われっぷりは大変なもので、どういうかたちで事態の収拾がつくのか(あるいはつかないのか)心配だ。
 キャラクターの白紙撤回を求める「平城遷都1300年祭を救う会」発起人の陽群(ひむら)誠さんは、愛称について「キャラクターのインパクトに比べて、あまりにも安直。公募を隠れみのにして、選考の不透明さを隠そうとしているのでは」と指摘する。

 また、キャラクターポスターの境内掲示拒否を表明した地元寺院の親睦(しんぼく)団体「南都二六会」の橋本純信・十輪院住職も、愛称について「目新しさはない」とばっさり。「問題は図柄。『仏ではなく童子』という説明は受け入れ難く、再度の撤回申し入れも検討したい」と態度を硬化させている。
遷都祭のキャラクターについては誰よりも地元奈良の人たちの意見が反映されるべきであると私は信じているし、奈良の人たちが生理的に受け付けないというならそれも仕方ないのかなとも思うが、批判者の理屈はどうも頷けない。安直だと目新しさがないだのいったことがキャラの愛称として悪いということになるわけでもないだろう。
それに批判者達がこの遷都祭やそれを代表するキャラクターにどれほどの思いを抱いているのかも疑問だ。例えば「救う会」は遷都祭のキャラクターに対して具体的にどのような属性を備えているべきだと考えているのか全く見えてこず、ただ「ひこにゃんみたいなのが欲しい」というレベルなのではないかという印象を拭うことができない。寺院団体の方も、怪しからんと青筋立てるばかりで、仏に仕える者の見識はさすがだ、と思わせるような言葉を聴くことが出来ないのは残念なことだ。

逆にキャラの作者の籔内佐斗司氏のほうが、かなり攻撃的な批判に対しても謙虚で誠意に満ちた対応をしていて、キャラに対する深い愛情と、「さもあらばあれ。他是非心非佛、吾只管即心即佛」という禅境を示しているのが興味深い。
12パターンの図柄も発表されたが、Vサインを掲げている図柄の閉じた目の表現など、凡百のイラストレーターとは一段違う力量を見せていて感心する。
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by tyogonou | 2008-04-16 23:49 | 社会 | Trackback | Comments(1)
<BPO>テレビ8局に「公平性欠く」 山口・光母子殺害で
<BPO>テレビ8局に「公平性欠く」 山口・光母子殺害で | エキサイトニュース
川端委員長は会見で、「来年5月に始まる裁判員制度でテレビが不当な影響を与え、誤った裁判を行うことになれば非常に重大な問題になる」と懸念を述べた。
残念ながら、すでに手遅れかもしれない。
弁護士を生業としているものの中にさえ、テレビの情報を基礎に弁護士の懲戒を請求しようなどというお調子者がいるのだ。しかもその弁護士の行動が肯定的な評価を受けている現実があるなか、テレビ製作者の偏見や制作上の都合(「視聴率を稼げる面白さ」のようなもの)の影響を排除し、裁判で提示された証拠のみに基づく公正な裁判を実現することは不可能ではないか。
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by tyogonou | 2008-04-16 12:17 | 社会 | Trackback | Comments(0)
フィンランド民謡
youtubeの面白いところは日本からはるか遠く離れたところのローカルな文化に簡単にアクセスできてしまうところだ。
例えばトルコ軍楽隊の有名なマーチ"Ceddin deden"(『父も祖父も』)を探してみると、あちらのロックバンドがこの曲を演奏したPVも見ることができて、(ヴォーカルが田中健似だったり)いろいろな意味で興味深いが、普通では存在すら知らないものにこんなに簡単にアプローチできるのは、驚くべきことである。

そんなyoutubeで最近見つけて気に入ってしまったのがフィンランド民謡だ。
フィンランド民謡の一般的なイメージというと、虫歯になりにくいガムのCMにでも使われていそうな、のどかなテンポと透明感のある癖のない音楽というところだろうか。Larin Polkkaなどはそんなイメージとぴったりで、会場の雰囲気もまたいかにもフィンランドらしくこれはこれで素晴らしい。

しかし、興味深いのは、ヴォーカルのついた曲が非常に日本人に親しみやすいものであることだ。

Severi Suhosen Jenkkaなど、古いラジオでNHKラジオ深夜便を聞いてる時に流れてきたら、東北あたりの民謡かなんかと勘違いしてしまいそうだ。

なによりフィンランド語が、日本人には馴染みやすい。LとRの違いなどはあるけれど、日本人から見て奇妙な音がなく、音声的には日本語と近いものがあるのではないかと思う。Vesivehmaan jenkkaKultainen nuoruusなど、子どもの発声だということもあるが、音だけ聴くと特にそういった印象がする。
もっとも会話を聴くとちょっと印象が違って、特に司会の大人の発音を聞くとドイツ語の影響もあるようだが、フィンランド出身のこの人たちの日本語の発音がいやにこなれていた(「チューハイ」や「ノリノリ」の発音など)のを思えば、あながち無理な関連付けでもないのではないか。

そんなフィンランド民謡でもっとも気に入ったのが、Säkkijärven polkka
(『サッキヤルヴィのポルカ』)だ。
これはフィンランドのアコーディオンの定番で、第二の国歌ともいうべきポピュラーな曲ということだが、とにかく耳に残る曲のとりわけチャーミングなパフォーマンスだ。

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by tyogonou | 2008-04-15 13:02 | Trackback | Comments(0)
もうひとつ考慮すべきこと
北京五輪参加を全NOCが宣言 中国には平和的解決を期待 | エキサイトニュース
政治的なこと、チベットの人権状況はとりあえずオリンピックとは切り離して考えるとしても、もうひとつ参加する選手達にとって重要な問題がある。
それは、チベット問題そのものではなく、そういった中国にとって都合の悪い問題に対する中国政府の対応だ。冷凍餃子事件も聖火リレーの混乱についても、中国政府は「悪いのは中国ではなく他の国だ」と主張するだけで、その根拠となるような具体的な事実を提示しないし、そういった事実を取材し伝えようとすることも許さない。問題は、オリンピックでなにかトラブルが起こったときにも、そういった不透明で一方的な問題の取り扱い方がなされるのではないか、ということだ。
ホームタウンデシジョンであったり、観客とのトラブルであったり、例えば必要な連絡がこないなどの理由によって劣悪な条件の下で競技に臨まなければならなくなってしまったり、そういった問題が生じた時に、被害を受けた選手は中国の権威の下で公平な扱いを期待できるのだろうか。
IOCは中国に対して、この点について念を押しておくべきではないだろうか。
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by tyogonou | 2008-04-10 13:05 | 国際 | Trackback | Comments(0)