<   2008年 06月 ( 20 )   > この月の画像一覧
油性ペンを持っていたわけ
常磐大高野球監督が解任 新婚旅行中に聖堂落書き | エキサイトニュース
聖堂近くで、黒の油性ペンを販売する人から「名前を書くと幸せになる」と勧められ、深く考えずにペンを購入。
観光で油性ペンなんてもち歩くことなんてあまりなさそうだから、なんでそんなものを持っていたのか謎だったが、そういうことだったのか。それなら、多少の酌量の余地はありそうだ。そういた業者の存在も含めて、大聖堂側の落書きに対するスタンスについてきちんと話を聞いてから、彼らの処分については議論されるべきだと思う。
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by tyogonou | 2008-06-30 22:07 | 国際 | Trackback(1) | Comments(0)
世界遺産に落書きした監督を解任 茨城・常磐大高
世界遺産に落書きした監督を解任 茨城・常磐大高(産経新聞) - Yahoo!ニュース
法律的な責任を問われているわけでもないし、本人に贖罪の機会をあたえることもせずに解任とは重い処分だが、今の状況だと学校としてもしかたのない処分なのだろう。
問題の大聖堂の写真では、イタリア語と英語の注意書きの下に、日本人観光客が書いたのだろうか、手書きと思われる日本語で「壁に落書きをしないでください」と書いてあるが確認できて興味深い。
しかし、この格子に注意書きなど貼らず、ノートとボールペンでもぶら下げてメッセージを書かせるようにすれば落書きも減るだろうと思うのだが、イタリアではあまりそういうことはしないのだろうか。
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by tyogonou | 2008-06-30 21:06 | 国際 | Trackback | Comments(0)
落書きの告発
伊大聖堂の落書きハートマークも 日本語は全体の1割 | エキサイトニュース
伊の大聖堂落書き 高校野球部監督も? 茨城県高野連が調査
落書きに擁護の必要は全く無いが、大聖堂側が「謝罪してもらえば責任は問わない。費用負担は不要」といっているのであれば、落書きのような愚かなことをするなという注意喚起に留めて新たな犯人探しなどしなくてもいいのではないか。
落書きをした学生の通う大学には、修復の手伝いやら費用負担などの形で謝罪の気持ちを具体的な行動として示さなとまずいというようなプレッシャーもかかっているようだが、相手の言葉に甘えてもいいのではないかと思う。
そもそも、具体的な行動は謝罪の気持ちの深さを現すものであるとは限らない。「直せばいいんだろ」というような心でも表面的には反省しているかのような行動は取れるが、そういった行動が許されない方が、謝罪の気持ちの内実を問われるずっと厳しい処置と考えることもできる。もちろんそれで本当に悔いているかは他人には分からないので、罪の意識の無い人間にとってはなおさら好都合であるともいえるが、真に後悔しているか否かは神の御前で証明しなければならないわけで、そこに一切のごまかしは通用しない。
もっとも、大聖堂側はそういった深い意味でいっているのではないのだろう。どうやら落書きは相当数あるようで、それぞれについて謝罪だ修復の手伝いだなどと来られても余計な仕事が増えて迷惑だということもあるのかもしれない。また、ひとつの落書きであればその場でそれだけを消去すればいいが、多数あるようならきちんとプランを立てて全てをきちんと修復しなければならないが、今はるか遠くの国で騒動になったからといって大聖堂側のプランを乱されても困るということもあるだろう。
もし、問題となった大聖堂に落書きした大学生に限らず、同様の愚かな行為をしたことのある人間がこの件で本当に「目から鱗が落ちた」ならそれは大変に価値の有ることであるし、またそういった人が、日伊友好やら世界の文化遺産の保存やらに貢献する形でその罪滅ぼしをする機会は他にいくらでもあるだろう。
今、相手側が「いい」といっているなら、そこを敢えてなにかさせろとごり押しするのはかえって失礼でもあるし、それが本当に謝罪の気持ちによるのか、あるいは日本のメディアに対するポーズではないのか当事者は省みるべきである。

それともうひとつ。
こういったニュースの後で、メディアが周辺を取材するのも当然だし、ネットなどで一面に落書きが写った写真をみればその中に日本人の名前などを探すのは自然なことでもあるが、それをひとつひとつあげつらっていくのは、私にとって見ていてあまり気持ちのいいものではない。私はそこに秋葉原の通り魔事件の際に写メを転送しあった人々に似た匂いを感じる。そこに正義感が全く無いということもないのだろうが、お宝ゲットだぜ!といったような軽い気持ちは無いだろうか。
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by tyogonou | 2008-06-29 23:55 | 社会 | Trackback(1) | Comments(0)
<妊娠協定>はフィクションか
<妊娠協定>米グロスターで女子高生17人 一緒に子育ても(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
cbs13.com - Gloucester, Massachussetts Mayor Carolyn Kirk: No Evidence Of Teen Pregnancy Pact
Pregnancy pact may be fiction
驚いたニュースだったが、妊娠協定というものはなかったということらしい。
どうも情報がまとまってない感じだが、この町の状況としてカトリック信者が多く避妊に否定的で、学校での親の同意の無い避妊具の配布に病院が協力的でなかったりといった状況がもともとあったようだ。ただ、一般論として、有名人の妊娠・出産のニュースなどの影響もあって、ティーンエイジャーの妊娠の問題は、性教育が不十分なために「望まない妊娠」をしてしまうというのではなく、避妊できるのにも関わらずしない、「望んだ妊娠」の問題という新しい局面に入っていて、そのひとつの例が今回の騒動だということのようだ。
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by tyogonou | 2008-06-24 00:07 | 国際 | Trackback | Comments(0)
「なーむくん」に唖然
事業協会困惑…せんとくんに新たな刺客「なーむくん」 平城遷都1300年祭(産経新聞) - Yahoo!ニュース
 これに対し、事業協会は「公式キャラはあくまでせんとくん。聖徳太子と平城遷都1300年との関連がよくわからず戸惑っている」としている。
南都二六会はいったいなにを考えているのだろうか?「仏様に角が生えているようなキャラクター(せんとくん)は受け入れられない」などといいながら、これでは・・・。
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by tyogonou | 2008-06-20 23:58 | 社会 | Trackback | Comments(0)
死刑について その1
日本支部声明�F死刑執行停止国連決議に反対する口上書の提出で問われる日本政府の国際感覚 | ニュース | AMNESTY INTERNATIONAL JAPAN
死刑執行停止国連決議に関するニュースが出て以来、この問題について書かなければならないと思いながら今日まで来てしまった。
その間世論の動きを横目で眺めているかぎり、犯罪に対する厳罰化と死刑の肯定は政府の言うとおり確かに世論の支持を得ているようだし、死刑廃止を求める声にまともに応じようという姿勢が政府にも世論にもマスメディアにも無いように見える。常任理事国入りの問題は現在あまりホットな話題ではないとは言え、「国連で人権を主張する資格」を考えたら、死刑を肯定するにしても、反対派の批判をきちんと吟味しそれに応えていく必要があるはずだが、この記事で指摘されている民的及び政治的権利に関する国際規約第6条第六項を無視していることなどをみると、そういった必要性があるという認識すらないようだ。
「死刑はまずもって刑事司法制度の問題であり、最も重大な犯罪に対する重要な抑止力である」
死刑廃止議連も訴えていたが、死刑に抑止力が無いのは明白だし、少なくとも日本の死刑肯定派もそれを根拠とするつもりもないようで、これについては語る必要も無いかもしれない。しかし、凶悪事件が減らないというだけでなく、EU諸国のように死刑廃止の推進に熱心な国々の治安が、アメリカやこの口上書に名を連ねている国々のそれより悪いというわけではないということも指摘しておくべきだろう。死刑超大国中国並みに死刑を執行していけば日本の治安は劇的に向上するだろうか?
口上書では、「現行国際法の規定に反して死刑の適用の一時停止や廃止を導入する試みに、一貫して反対する」としており、国連総会決議を真っ向から否定しようとするものである。また「死刑は廃止されるべきであるという国際的なコンセンサスは存在しない」とも主張し、歴史的な意義を持つ国連総会決議に対し、極めて挑戦的な姿勢を示している。
仮に死刑廃止がまだ国際的なコンセンサスを獲得していないとしても、人権の尊重という大枠についてのコンセンサスは否定できない。また、北朝鮮の拉致問題などに関して日本がそういったコンセンサスを前提として活動しているのも紛れも無い事実だ。死刑廃止を導入する試みが国際法の規定に反していると主張するが、そういった試みと国際人権規約の他の条項や世界人権宣言など、人権を守るためにこの半世紀以上世界中の国々が力をあわせて築き上げてきたものとの齟齬や矛盾を指摘することが出来るだろうか。(口上書にも名を連ねているが)中国が「チベット問題は内政問題だから干渉するな」というのとどれほどの違いがあるのか。
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by tyogonou | 2008-06-19 23:58 | 国際 | Trackback | Comments(2)
こりゃあ楽しみだ
自殺した川田亜子アナ 白人恋人が「元カレ」を訴える騒ぎに | エキサイトニュース
 これは面白いことになってきた。芸能評論家の比留間正明氏が言う。(中略)
「最後の恋人」が日本人だったら、芸能界のカネや圧力で口を封じられるだろうが、白人の平和活動家ときた。こりゃあ楽しみだ。
なんて素直な記者なのだろうか。こんなにうきうきとした喜びに満ちた言葉を聞くのはずいぶん久しぶりのことかもしれない。おそらく某掲示板あたりではこの記事を巡って祭りが起きているのだろが、腹がたつのを通り越して、さらにそのさきのあきれるのも通り越して、なんの感情も湧かない。
「楽しみだ」という発言も問題だが、なぜか「白人」であるところにこだわるのも妙な話だ。「芸能界のカネや圧力で封じられない」のは、日本人でなければいいはずで、白人だろうが黒人だろうが、黄色人種だろうが全く関係ない。そこをあえて「白人恋人」とするあたりにも、この記者の品性が窺われる
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by tyogonou | 2008-06-15 23:43 | 社会 | Trackback | Comments(0)
「気に入らないなら職変えて」
「気に入らないなら職変えて」大阪府の橋下知事が朝礼で激怒(産経新聞) - Yahoo!ニュース以前の女性職員の発言もそうだったが、府職員の発言はどうも個人的な事情ばかりを主張しているように聞こえるし、知事の名刺を折り曲げた長野県職員と同様、人気のある知事にたいするやっかみと人気者に噛み付くことで注目を浴びようという助平心があるようで、不快な気持ちにさせられる。
もっともそれに対する橋下知事も個人的なメンツのレベルで反発していて、府や府民のことがそっちのけなのは職員とあまりかわらないようにも思える。
もともと橋下知事の力の源はメディアを通じた大衆の人気にあるので、府職員のご機嫌など知ったことではないのかもしれないが、大規模な改革を実行に移すのに、彼らの協力は必要ではないのだろうか。信念を持ってしていることなら、売り言葉に買い言葉で応じるのではなく、粘り強く説得する努力も必要だとおもうのだが。
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by tyogonou | 2008-06-13 00:04 | 社会 | Trackback | Comments(0)
歩行者天国で銃をぶっ放せという要求
こんな凶悪犯相手でも 日本の警官は銃を使えないのか | エキサイトニュース
ちょっと私には信じられない記事だ。
テリー伊藤氏は2008年6月11日放送の「スッキリ!!」で銃の問題について言及し、「民間人に銃を出せといわれている。銃を向けることはその後いろいろ批判を受けるが、そういう意識を持つことも重要だったのでは」と指摘している。
訓練をうけたこともない素人が何をいおうと関係ない。警官が指示して民間人が従うのが当たり前でこれでは話があべこべだ。
画像の路地に追い込んだ後でも、犯人のすぐ後ろにはコンクリートの壁とガラスの窓があり、すぐそばにいるカメラを構えた民間人に兆弾が当たる可能性や、ガラスの向こうに人がいる可能性を無視して発砲するわけにもいかない。
「路地の入り口にいた人から『足を撃て』という声が上がり、警官が腰に手を当てたが(銃を)取り出せなかった。手がおそらく震えていたからだと思う」
「警官の手が震えていて銃が取り出せなかった」というのは話として面白いので話半分に聞くべきだ。写真で見るかぎり、警官の腰は引けてないし、確保した後の電話でのやり取りでも冷静さが見られるので、震えていたというのは疑わしいと思う。
拳銃を抜くにしても、その隙に逃げられたり反撃されたりしては困るわけで、相手の状況をきちんと見ながら抜かなければならない。相手に何らかのアクションを起こす気配が見られたなら、即座にやめて相手を牽制し状況をコントロールすることに専念すべきだ。
それに、撃つなら胴体か頭で足なんか狙ったってどうしようもない。銃を抜いたとしても、確実に当たるところを狙った上で警告し、撃たずに相手にあきらめさせるのが最良であって、それでもなお自暴自棄になった犯人が警官なり一般人なりを傷つけようとしたのでもなければアメリカの警官だって発砲しないのではないか。
「警官はこの辺でですね、警棒を持っていて(サバイバルナイフは?)振り回していました。警官もそれを抑止するように警棒を振っているんですが、やっぱり勢いに負けている感じで」
また、別の証言者も「警察官はここで警棒を落とされてしまったので、犯人はそのときを狙ってこちらの通り(犯人が逮捕された路地)の方に逃げていきました」「また、ここら辺で見ている人たちを刺して、ここでは2人くらいが刺されていたと思います」と述べており、警察官が路地の入り口付近で犯人と最初の攻防があり、隙を突いて犯人が2人を刺して路地に逃走した、という点で一致している。
頭に血が上った素人が刃物を振り回す勢いに負けないというのは、余程の達人かでなければこの犯人と同じくらいアブない警官かではないかと思う。警官に落ち度があったとすれば、「ここら辺で見ている人たち」を避難させなかったことだろう。しかし、通行人もパニックになっていたようだし、駆けつけてまもなく犯人についての情報も乏しい状況で、刃物を振り回す犯人を抑止しながらではそれも難しいことだったと思う。

「逮捕術の模範演技」というのはひょっとしたら誉めすぎなのかもしれないが、私も好意的に評価したい。
被害者は少なくないし、あるいはそのうちの二人を守ることはできたかもしれないけれども、「わずか数分間」で犯人の身柄を確保したことは紛れも無い事実だ。目撃者の証言が与える頼りない印象にもかかわらず、警官は犯人を観念させてナイフを自ら地面に置かせている。銃を使えばずっと早く解決し、犠牲者が少なくなっていたということも考えられない。また、容疑者を射殺でもしていたなら、動機の解明などが困難になっていただろう。
そのうえなぜ発砲を求められなければならないのか、私には到底理解できない。
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by tyogonou | 2008-06-12 23:26 | 社会 | Trackback | Comments(0)
水野晴郎さん死去
水野晴郎さん死去「シベ超最終作」製作予定だった | エキサイトニュース
水野さんを語る上でやはり『シベ超』は欠かせない。
映画好きが高じて監督としてメガホンをとるというのはそれほど珍しくもないはなしかもしれない。しかし、それが映画評論家からではなく、サブカル方面からマニアックな評価のされ方をしたとき、水野さんのように、言い訳をするでもなく、悪ノリするわけでもなく、ニコニコといつもどおりにそういった評価を受け入れ、そして続編を作りつづけていくという真似は誰にでも出来るわけではない。76歳にして「ジャッキー・チェンとジェット・リーの戦いが見たい」と言う水野さんには、みうらじゅん的な映画の愛し方、「シベ超」の愛され方にも深い理解と共感があったのだろう。
その一方で、サブカル系に迎合してそこに特化した商品としての映画作りをするのではなく、回を重ねるごとに進化していったのも興味深いことだ。「4」あたりになると、映画としても面白く出来が良くなったのは「シベ超」ファンにとっては嬉しくもあり寂しくもありなどという声もあったようだ。
みうらじゅん的な俗っぽく幼稚な楽しみ方から、おすぎ的な高尚な大人の楽しみ方まで、全てを包み込む大きさを持っていたからこそ、「映画って本当にいいもんですね」という平凡な台詞があれほどまでに強く人々の心を捉えたのだろう。
こういう人ならいいご長寿さんになったであろうに、年寄りと呼ぶのもちょっと早いような年でお亡くなりになったのは本当に残念で寂しいことだ。
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by tyogonou | 2008-06-11 23:43 | 社会 | Trackback | Comments(0)