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<中田・横浜市長>辞職会見…一問一答
<中田・横浜市長>辞職会見…一問一答

良く分からない話だ。
経費が10億浮くというのは確かに大きいけれども、立候補者も有権者も衆院選と市長選はそれぞれ別としてじっくり考えることが重要で、こういったタイミングであわただしく、衆院選の抱き合わせのような形で選挙をやって、たとえ投票率が上がったとしてもベストの選択はできないのではないか。予算にしろAPECの準備にしろ、分からないでもないが、次の市長選への準備、次の市制への引継ぎなどをきちんとすることより重要かというと、今ひとつ納得できない。
かといって、衆院選への色気というような見方もちょっと違うのではないかと思う。こういう時の政治家の「出馬しない」とか「2万パーセントない」とかいった言葉は真に受けるほうが愚かだとは思うが、東国原知事のごたごたがあったあと、首長連合などの活動もまだはじまったばかりでそれもないだろう。具体的にどんなビジョンを持ってこういった行動に出たのかどうも良く分からない。

ところで、首長連合や「『よい国つくろう!』日本国民会議」の活動は国民からどの程度支持されているのだろうか? 注目を浴びていて、自民民主両党とも無視できない大きな影響力を持っていることは確かだが、国民が彼らに共感を覚えているかどうかというところが良く分からないのだ。
国民から、地方から国を変える、結構なのだが、それはたんなるキャッチフレーズ以上のものなのだろうか。橋下大阪府知事の今までの府政のやり方を見ていると、府内の市町村や府の職員、あるいは教育委員会などに対して、「自分(上)が言うことに下は従え」というようなメンタリティの持ち主であるように思われる。まず、下(地方)の意見を吸い上げてそれを活かすような形で上の方針を決めようというような考え方はあまりしない人だ。乱暴と評される橋下府政と衝突したことのある人びとは、地方に対する配慮が欠けているなどという知事の言動をどう見ているのだろうか。
支持政党を決めるという話も、「地方」のひとつの大切な要素、「多様性」との間に齟齬をきたす。国と地方との関係を定める制度については協調して行動することが可能であり、その枠組みでマニフェストを採点するというのはいいとしても、支持政党を決めるとなれば、特定の政策領域で少数派となる地方の意見を封殺することになりかねない。そこに問題意識がなさそうなのが見ていて危ういし、国民はそういうところをどう見ているのだろうか、気になっている。
中田氏に特にネガティブなイメージもないのだが、会見での言葉に(それは激しいものではあったけれども)胸に迫ってくるような何かを感じることはなかった。
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by tyogonou | 2009-07-31 00:55 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
【衝撃事件の核心】墜ちたスポーツマンシップ AV出演する体育会系学生たち
【衝撃事件の核心】墜ちたスポーツマンシップ AV出演する体育会系学生たち
インターネットなどで出演者を募集するケースもあり、出演内容にもよるが、数時間で数万円の報酬をうたっている。保護者や教育者の知らぬところで、学生たちは金欲しさのあまり「軽い気持ち」で“危ないバイト”に出てしまったのだろうか。
 「アスリート精神の自覚、高揚とそれに向けての相互研鑽(けんさん)が不徹底」 
 大経大は、AV出演を含めたラグビー部の処分理由について、こう断じた。
重要なのは体育会系の学生には、所謂学生らしいバイトをする時間がなかなかとれないということではないか。実際の体育会系の学生の懐事情がどんなものか知っているわけではないが、遠征に行ったり怪我をしたり、必要な道具を維持したり、贅沢をしないでもかかる生活費は普通の学生より多いのではないか。本人が好きでやっていることだからといってしまえばそれまでだが、大学側がそういった態度をとるなら、「アスリート精神」云々を要求する資格もないようなものだ。
確かにこういった話が明るみに出たら大学や部のイメージに傷がつくというのも分からないではない。しかし、法律上全く問題はない行為を理由に部の活動の無期限停止という重たい処分を課すというのは、公平性という点でいかがなものか。
仮に高校時代優秀なスポーツ選手が卒業後AV男優になり、その後一念発起し大学を受験し合格、その競技の部活動を希望した場合を考えてみよう。それは一種の美談になるはずだが、大学にそれを拒否する正当な理由はあるのだろうか。

これをモラルやスポーツマンシップの欠如の問題とするのは安易過ぎると思う。
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by tyogonou | 2009-07-26 22:08 | Trackback | Comments(0)
麻生首相>「高齢者は働くことしか才能ない」 野党が批判
<麻生首相>「高齢者は働くことしか才能ない」 野党が批判
 元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは皆さんと違い働くことしか才能がないと思ってください。働くということに絶対の能力がある。80過ぎて遊びを覚えても遅い。遊びを覚えるなら青年会議所の間ぐらい。そのころから訓練しとかないと。60過ぎて、80過ぎて手習いなんて遅い。
「遅くてもやらぬよりまし」とも言う。首相もあきらめないで少しは手習いでもしたらいかがか。良い悪い以前にもっと頭を整理して発言してほしい。
元気で活力ある高齢者に働く機会をという考え方は結構だが、それは高齢者にはほかに能がないからではなく、高齢者の知識や経験が社会に役立つからとか、本人がそれを望むならとかいった理由からではないのか。「働くことしか才能がないと思ってください」というのは、言われた側からすれば「働けなくなったら存在意義ないですから」ということかと絡んでやりたくもなる発言だろう。
それに首相のようなお大尽のする遊びは若いうちでないと覚えられないかもしれないが、高齢者が人生を豊かに過ごすためにできる遊びは、そんな難しいものばかりでもないだろう。しおれに、仕事と違って遊びはあくまで本人の満足のためにやるものだから、それを落語の「寝床」のような無茶をしなければ、どんなに下手な旦那芸で終わってもかまわないものだ。それに、遊びごとはその過程を楽しむものだ。80過ぎて初めて将棋の駒を触って、ろくに打てないままお迎えが来てしまったとしても、その一手を習うところに喜びを感ぜられるなら、十分将棋を楽しんだといえよう。
基本的な主張は決して悪いことを言っているわけではないが、その結論にたどり着くまでの議論が、首相の高齢者や仕事、遊び、についての考え方を示している。人生経験をつんだ高齢の有権者たちは、そこから首相の人間性をどのようなものと見て取るだろうか。
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by tyogonou | 2009-07-26 15:19 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
由を考える―9・11以降の現代思想

自由を考える―9・11以降の現代思想

東 浩紀 大澤 真幸NHK出版

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久しぶりに読み返してみた。
たとえば、マクドナルドでイスが硬いから10分で食事を終える。誰に命令されたわけでもないけど、私たちは自発的に何かに動かされている。それは自由なのか不自由なのか。(55頁)
私は、、イスが硬いと早く食事を済ませるという前提に疑問を抱く。
それは私がふかふかのイスで歓待などされないのが当たり前な人生を送ってきたということもあるが、それだけではない。岡本太郎に「座ることを拒否する椅子」という有名な作品がある。「椅子」の座面にごつごつとした顔のような模様があって、物理的にも心理的にも座り難いという。(もっとも実際のすわり心地はそんなに悪くはないともいうが)岡本はもちろん、人間のプリミティブな野生を再生させる仕掛けとしてこの椅子を作ったわけだが、環境管理型権力に如何に対抗するかを考えるヒントにもなるのではないか。
自動改札が導入されたとき、我々は管理されてるのか自由になったのか、ということを考えた場合にどうなるのか。もしこれが管理されており、何かが抑圧されている状態だと記述しようとすると、その排除されたり抑圧されたりしている行為を特定しないとならない。それは強いて言うと「キセルする自由」なんですよね。
排除されているのは「キセルしないことを選択する自由」ではないか。ほかに選択肢がなく正しい手段で鉄道を利用するのと、キセルすることが可能であるにもかかわらずそれをしないことを選択し、自らの意思で正しい方法を実行するのとでは、たとえ結果が同じでも中身が異なる。どれほど選ぶ価値のないあるいは選んではいけないものであっても、その選択肢を吟味した上で廃棄することによって、私たちが自分の選んだ選択肢に責任を負うことがはじめて可能となるのだ。
私たちが日々の選択によって自分の行為の責任を負うことを学習せず、ただ管理型権力にしたがって行動するだけなら、倫理的に悪しき行為であっても、それが「できる」状態にあればそれは「してもよいこと」になってしまいかねない。それなら、そういった漏れがないように管理を徹底すればいいという反論が帰ってくるだろうが、いかなる権力といえども未来を管理することはできない。技術の進歩によって今までできなかったことが可能になったとき、それが管理可能になるまでは、最先端にいる人間の倫理や責任感に頼らざるを得ない。環境を管理されることで、市民がそういった自己訓練の機会を奪われてしまえば、彼らの責任感はあてにできなくなってしまう。
自動改札のような場合には、それほど多くの選択肢の可能性はないかもしれないが、時に難問にぶつかった人間は誰も想像もしていなかったような新しい選択肢を見出すことがある。管理された環境の中では、そういった創造性が発揮される機会も奪われるだろう。
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by tyogonou | 2009-07-26 03:31 | Trackback | Comments(0)
映画「クララ・シューマン 愛の協奏曲」 
映画「クララ・シューマン 愛の協奏曲」 芸術家であり母親 現代に通じる物語
ヨハネスには子どもがいなかったわけだから「ブラームス」の末裔というのは正しくない。顔も大作曲家にはあまり似ていないが、鼻と頬骨のあたりはヨハネスの母親に似た雰囲気だから、ヨハネスの姉か弟の子孫にあたるのだろう。
監督が語っているクララやブラームス像もブラームス好きなら特に驚くようなものでもない。(ただ逆立ちをして歩き回るというのは、性格的にも体格的にもどうかと思うが。)
ただ、ブラームス役をフランス人が演じると聴いたら、大のフランス嫌いだった本人は墓の中でひっくり返っているかもしれない。そう思うとちょっと可笑しかった。
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by tyogonou | 2009-07-25 23:57 | Trackback | Comments(0)
鬼平
中村吉右衛門も大分老けた。頬はたるみ、鼻の下も伸び、肩も落ちてしまった。加えて、TVよりも舞台で「鬼平」をやることが多いためか、芝居や台詞がちょっと大げさで人情味を強調しすぎでもある。
ただ、取調べ中の落針の彦蔵に脇差を渡してにらみ合うシーン、特別恐ろしげな表情を作っているわけでもないのにそのちょっと老けた顔で圧倒的な迫力をかもし出すあたりなど、さすがの芸の力と言わずばなるまい。
伊東四郎も病んで死の近い年寄りを見事に演じていて、「長屋へ帰してくれ」と頼む舟形の宗平とそれを許す鬼平とのやり取りは(カメラワークも良い)、凄みのある名場面だった。
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by tyogonou | 2009-07-23 22:57 | Trackback | Comments(0)
『はじっこ愛好家』の嗜好とは?
『はじっこ愛好家』の嗜好とは?
健康優良児な私は席や場所ははじっこでないと窮屈でたまらない。
ところで、記事下のほうのリストに「バウムクーヘン」があるが、あれのはじっこは売っているのだろうか? バウムクーヘンは一本の大きな竹輪の様になっているのを切ってあの形になるわけだが、その「はじっこ」ははじというよりバウムクーヘンの「ふた」のような感じになっていて、ぜひ一度食べたいものだ。
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by tyogonou | 2009-07-22 21:22 | 社会 | Trackback | Comments(0)
「人には親切」「ウソはつかない」 京大が子供のモラル向上で提言
「人には親切」「ウソはつかない」 京大が子供のモラル向上で提言

①人に親切にする②ウソをつかない③法を犯さない④勉強をする
④は今の時代、むしろ「外でみんなと遊ぶ」としたほうがいいような気がする。危なくてなかなか道で缶蹴りなどもできないだろうが、屋外で遊ぶことによって得られるものは多く、勉強にしろ、社会生活にしろその土台をしっかりとするのに大いに役立つはずだ。

今は作家の安倍譲二氏が、かつて「男を磨く渡世」に身をおきながらドロップアウトした友人達と飲みながら、なぜその道を進み続けることが出来なかったのか話し合ったという。その友人達に共通していたのは、幼い頃「他人様に迷惑をかけてはいけない」と母親に厳しく言われていたことだという。結局塀の中まで行ってしまったわけだから、それさえ教えれば大丈夫という訳にもいかないが、4つをさらに1つに絞ればこれになるのだろう。
かつて、ひとことだけで一生行っていけるということがあるかと弟子に問われた孔子は次のような有名な言葉で応えている。「其(そ)れ恕(じょ、思いやり)か。己れの欲せざる所、人に施すこと勿れ」
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by tyogonou | 2009-07-22 20:56 | Trackback | Comments(0)
深まる孤立、強まる逆風=「政策に間違いない」、解散待つ麻生首相
深まる孤立、強まる逆風=「政策に間違いない」、解散待つ麻生首相
苦戦必至の決戦で、首相は「どの党が日本を守るのか」を争点に位置付け、民主党の「財源を示さない国民不在の党利党略」ぶりを訴えるという。
以前から、首相は頻繁にこの財源問題に関して民主党を無責任だと非難してきた。
確かにその批判にも一理あるかもしれない。次の政権がどのようなものになるにせよ、財源の問題に苦労することは間違いない。まして、経験もなく、官僚からの反発もあるかもしれない民主党にはそれはいっそう大きな困難となるだろう。
だが、ちょっと待て。民主党は必要もない大盤振る舞いをしようとしているわけではない。これから求められるのはいかにしてマイナスを埋めるかという政策で、プラスアルファを求める余裕がないことは誰の目にも明らかだ。
問題は、今日本がそういう状況に陥っているのは誰の責任か、ということだ。世界的な不況の影響は大きいだろうし、それを予測することも難しかったかもしれない。だが、それだけだろうか? 麻生首相が本当に責任感ある政治家なら、現在まで政権を担ってきた自分達自民党が何をしてきたか、まず説明すべきではないのか。他の野党ならともかく、与党である自民党がそれをせずに相手の政策の実現の難しさをあげつらうのは国民に対しても不誠実なやり方だ。首相としては、国民の信頼を失わずにそこを説明することもできず、在任中の政策の成果を挙げることもできず、将来のビジョンを掲げることも出来ず、ただ強敵のあらを探すより他に手がないのかもしれない。しかし、自分達で国をめちゃめちゃにした挙句、それを立て直す財源が必要だから確実に取れる消費税をあげさせろ、税金を上げずに何とかしようなんてできっこないことを言うのは無責任だ、と非難する、そんな人間に日本の未来を託すわけにはいかない。
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by tyogonou | 2009-07-18 23:22 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)
自民都議の怒り爆発!…細田幹事長の訪問に
自民都議の怒り爆発!…細田幹事長の訪問に
総会には落選者を含め43人が出席。冒頭、細田幹事長が「我々国会議員が大きな悪影響を与えてしまった。申し訳ない」と頭を下げると、足立区選挙区で落選した高島直樹・都議団幹事長は「国会のドタバタで自民の支持者が離れたのは事実」と強い口調で批判。
そういえば、投票日前日に麻生総理が国政と都政は別などと発言したのは影響しなかったのだろうか? それもひとつの考え方かもしれないが、投票の直前にそんなことを言うのは、有権者に対して、お前達の票など知ったことではないと宣言するようなもので、自党に投票をお願いする立場の人間が口にすることではないとあきれてしまった。
他にもいろいろありすぎて、その程度の発言はたいした意味も持たなくなっていたということかもしれないが。
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by tyogonou | 2009-07-16 23:54 | 国内政治 | Trackback | Comments(0)