ノーベル田中さん、イチロー、アテネ五輪代表
「子どもにも競争原理を」 文科相、学力調査見直しも
田中耕一さんのノーベル賞は競争原理の賜物だったろうか?
「大切なのは、自分の持っているものを生かすこと。そう考えられるようになると、可能性が広がっていく。」というイチローの考え方は間違っているのだろうか?
アテネ五輪における日本選手の活躍についてのこんな分析はどうだろう?
文科相の方針の具体的な中身がまだあきらかになっていないが、
「全体の中で、自分がどういう位置にあるのかを自覚しながら」云々というのは少々胡散臭い。
青色発光ダイオードの中村修二氏の例を考えればわかるように、競争原理の重要な側面のひとつは「努力して成果を上げた人は十分に報われるべき」ということである。それは必ずしも良いことばかりではないとはいえ、そういった方向性で「競争原理」を導入するなら、文科相が求めているものも達成されるだろうと思うのだが。
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# by tyogonou | 2004-10-06 00:52 | 社会 | Trackback | Comments(0)
人間は個性的であるべきか否か
ありふれたテーマだが、私はこのテーマについて語ること自体にある種の問題があると思う。
個性を重んじるにせよ、共通性を重んじるにせよ、
自分と他者とのひとつひとつのファクターの異同に視線が向けられるために、
自分の中でそれらのファクターがどう結びついているのかという問題、
すなわち自己の連続性という問題が不当に軽視されているのではないだろうか。
「乖離」という用語を安易に使うことは危険かもしれないが、
現在の社会問題を考えるのには有用なメタファーであるかもしれないし、
個性の尊重云々という議論と現在の状況との結びつきをそれは説明するのかもしれない。
『〈私〉のファシズム』
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# by tyogonou | 2004-10-05 23:20 | 社会 | Trackback | Comments(0)
アメリカ・・・
米、議定書拒否変えず
イラク首相演説、米側が草稿用意?
それからこんなのも。
ブッシュ、ケリー両候補ともイスラエル・パレスチナ問題を議論からはずした(英文)
両候補とも討論会でイスラエルについて触れたのは一度だけ。
ブッシュ「自由になったイラクはテロに対する戦争の同盟国となるだろうし、それは重要なことだ。自由なイラクは自由を渇望する世界の一部としての強力な見本となるだろう。自由なイラクはイスラエルを安全にするのを助けるだろう。」
ケリー(イラクの扱いについての自らの計画を弁護して)「私は兵士たちにはっきりさせたい。それはイスラエルにとって重要であり、アメリカにとって重要であり、世界にとって重要であり、テロに対する戦いにとって重要だ、と。」
両者とも、イラクから、中東のより広い地域に平和を拡大するべきであると強調している。ブッシュは民主主義を広めることによって、ケリーはイスラム世界と手を携えることによって。いずれの道をとるにしても、その先にはイスラエルという障害物が横たわっている。両者そろってそれを無視したことは両者の長期的な展望の欠如を物語っており、どちらが勝つにせよ、中東和平の戦略を転換せざるを得ず、アメリカに対する不信感は増大するだろう、というのがこの記事の見解だ。
ユダヤ票が選挙の行方に少なからぬ影響力を持つ中で、両候補がこの問題に触れないのは一応理解できるし、民主主義に反しているわけでもないと思う。同様に京都議定書についての米国務省報道官のコメントもわからないでもない。どこかの国の憲法が主張する「自国のことのみに専念して他国を無視し」ないことが「自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務である」という信念も必ずしも普遍的なものではないかもしれない。
だが、これだけは言える。
そういう国には世界のリーダーとしての資格などないし、他国の主権を侵害することを(例えその国がどんな悪辣な独裁者の支配下にあったとしても)正当化はできない、ということだ。
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# by tyogonou | 2004-10-02 01:50 | 国際 | Trackback | Comments(0)