<皇室典範>改正反対の1万人集会 国会議員86人も出席
「改革、改革と唱える人がいるが、守るべき伝統文化は断固として守る。男系を守ってきた皇室は日本民族の宝だ」女系天皇反対で集会 平沼元経産相らが出席 「改革、改革と口を開けば唱える人がいるが、守るべき伝統は断固守っていくべきだ。万世一系で男系を守ってきた家系は皇室のほかにない」皇室典範の改正には時間をかけるべきという意見には賛成だが、男系であることが是非とも守らなければならない価値であるかどうかは疑問に思う。少なくとも男系擁護側の主張は私にはあまり説得力のあるものに聞こえない。 第一に「万世一系で男系を守ってきた家系は皇室のほかにない」というがそれは本当だろうか? 男系を守るために御三家、御三卿を設けた徳川将軍家の例はすぐに思い浮かぶし、藤原氏の一門など社会的階層の高い家系では男系が途絶えることなどほとんどなかったのではないだろうか。また、中国や朝鮮では人は自分がうまれた家=父親の姓を名乗ることは絶対的なルールで、たとえ女性が結婚しても姓を変えることなどなく、ましてや他姓の娘婿(「同姓は娶らず」)の姓を変えさせて養子とすることも、子どもに母親の姓を名乗らせることも不可能なはずだから、万世かどうかはともかく、男系が守られているのがむしろ基本なのではないかと思う。その中で由緒があり、男系が保存されてきたことが確実であるのはそう多くはないかもしれないが、日本の皇室がそこまで特異な例であるとも思われない。男系であることが皇室の尊さの源泉とするならば、同じく男系を守ってきた家は皇室と等しい価値を持つ「宝」ということになるのだろうか? 第二に、それが皇室のほかになかったとしても、それだけで価値ある宝と評価するのは早急だ。インドのサティー(寡婦殉死)はほかにない風習ではあるが、だからといって守らなければならない伝統であるわけではない。それが守るべき伝統文化であるかどうかは類例の多寡によってのみ判断されるべきものではない。 皇室が日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるかぎり、この問題は憲法第24条の精神と照らし合わせて判断されるべきものだと思う。 第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。現実問題として、皇室の家族関係は必ずしも24条の趣旨に沿ったものではなく、そこにはそれなりの理由もあるだろう。しかし、両性の本質的平等という価値観との対立について無自覚なままでは、男系だから尊いという価値観は日本国の象徴としての皇室のあるべき姿を支えることはできないと思う。
by tyogonou
| 2006-03-20 01:05
| 国内政治
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